Case3-10 少女
どれほどの時間が経ったのだろう。
ふと、少女の瞼がぱちりと開かれた。
角端で
体を少し動かす。額に背中、折りたたんでいた脇や膝裏に、じっとりと汗をかいている。それと気を失う前に比べて、体のあちこちに、違和感程度の痛みがある気がする。
気を失う前……「咆哮」「男達の声」「母のこと」「警報」――その瞬間、少女の脳裏に、何が起こったのかが一斉にフラッシュバックした。
だからこそ、改めてこの状況に困惑せざるをえなかった。
辺り一面は、まるで先ほどの出来事がなかったかのように静かだった。丁度男達が来る前、少女が一人だった時と同じ静けさだ。
あれは夢だったのかと少女は思いかけたが、そんなはずはなかった。踊り場全体は、
そして次に少女の脳裏を巡ったのは、奴はまだ後ろにいるのだろうかということであった。
綺麗さっぱりにいなくなってくれていたのなら、どれだけ嬉しいことか。しかし彼女はこの静寂をまだ信じることができずにいた。もしかしたら、まだすぐそこにいるかもしれない。暴れ疲れて眠っている? それとも、私が出てくるのを、私に気づかれないように待っている? そんな嫌な想像ばかりが次々と浮かんでくるのだ。
心臓が更に
……ここで待とう。そう思った。きっとみんな自分を探している。ここでじっとしていれば誰かが助けにきてくれる。お母さんが助けにきてくれる。そう願った。
だが、――違う――ここでようやく、少女は心まで目が覚めた。
助けなんかこない。助けにきたのは自分だ。自分がお母さんを助けに行かなければいけないのだ――そのことを思い出した。
それが勇気をくれた訳ではない。むしろ心のどこかで、思い出したことについて後悔に近い感情さえ抱いた。それでも、自分は前に進まなければならないということはなんとなくわかった。
すぐには動き出せない。せめて、今徐々に静かになりかけているこの心臓を待つ。既に出た答えを、それでも邪魔しようとしてくる葛藤達が、やがて飽きて身を引いてくれるのを待つ。
そうして、自分の心と体に、ゆっくりと落ち着きが戻ってきてくれたことを確認すると、少女はずっとずっと張り付いていた角端からやっと離れることができた。
四つん這いになりながら、鉄扉があった方向を確認しやすい位置へそろそろと移動し、再び階段裏に背を預ける。覚悟を決めなければならない。少女は大きく深呼吸をした。
そしてそのまま深呼吸を使うことにする。あと三回息を吸って吐いたら、そのあと
3……
2……
1……
1………。
……。
……1!
……。
やっぱりもう一回。
5……
4……
3……
2……
1……
0!!! 少女は目にも止まらぬ速さでひょこっと階段裏から顔を出してそのまま一瞬にしてひょいっと顔を戻した。
これだけでもう、バクバクだ。だが、成果は二つあった。一つ目は奴、つまり、あの咆哮の超獣はいなくなっていたということ。そして二つ目はというと、もう一度としっかりとこの目で確かめることにした。
一度確認できたとはいえ、少女は恐る恐ると階段裏から踊り場へと這い出ていく。飛び散った小さな瓦礫がポップな靴に弾かれてカラコロと転がっていった。耳を塞いでいたとはいえあれだけの
しかし、そんなことは
あちこちに転がされた、大きなコンクリートの瓦礫達と十人近い――はたまた既に十体か――黒ずくめの男達……そして、その先の鉄扉があった場所には、巨大な、少女をたやすく呑み込んでしまうほどの、あまりに巨大な穴が空いていた。鉄扉よりも一回り二回り、いや三回りは大きい。
少女は
奴がやったのだ。鉄で出来たあの頑丈そうな扉ごと壁を壊して、この中に入ってきた。それほど恐ろしい怪物がここに、それも、自分の真後ろに確かにいたのだと、信じがたくもその事実を悟った。
巨大穴の先はやはり真っ暗で、穴の大きさばかりに意識が向いていた少女は、やがてそのことに気がつくと早々に俯いて目をそらした。
この先に、母がいる。幸か不幸か不幸中の幸いか、道は開けたのだ。ならば進まなければならない。少女は狭い歩幅で少しずつ巨大穴へと近づいていった。
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