Case3-8 少女

 やけに長い階段ではあった。

 少女の感覚としては、四、五階分は降りたのではないだろうか。途中で思わず、この階段は下へと永遠に続くのではないかと考え、引き返しそうになったほどだ。

 だが、言ってしまえば目立ったことはそれくらい。

 少女は現在、最下部の踊り場にまで辿り着き、電子パネルが添え付けられた自動開閉式の鉄扉の前にまで来ていた。

 それも、拍子抜けするほど呆気なく、当たり前のように何事もなく。


 ただ問題はここからで、おそらく母の“らぼ”は鉄扉の先にあるのだが、少女にはそこに進むための手立てがなかった。

 自動で開くものだと思い、鉄扉の前に立つ少女……鉄扉はうんともすんとも言わない。


「……」


 今度は扉横のパネルに目を向けるとそちらへ。

 自分の身長より高い位置に設置されたパネルの前に立ち、背伸びをして画面を覗き込む。真っ暗だ。

 なんとなくタッチしてみる少女……うんともすんとも言わない。


「……」


 もう一度タッチしてみる少女……うんともすんとも。


「……」


 もう一度……うんとも。


「……」


 もう一度…もう一度…もう一「う゛うう!!」

 応えないパネルに苛立った少女は、とうとうバシッ!っとパネルをぶっ叩いた。

 すると次の瞬間――

 バツリッ!という音が響いたかと思うと、警報が鳴り止み、なんと辺り一面が真っ暗になってしまったではないか。


「え! いや! いや!」


 突然の出来事に大いに慌てる少女。

 焦りふためく最中で、自分が叩いたからかという考えが追いつくと、

 少女は手探りでパネルの位置を確認し、またもやぶっ叩いた。

 ――これで暗くなったからこれで明るくなる!

 と、安直素直に結論づけた結果ではあったが、やはりそう簡単な事態ではないらしく、パネルは引き続きうんともすんとも言わなかった。


「わあああ!!」


 更に湧き上がる焦りに、思わずシンプルな叫びが出る。

 すぐさまもう一度ぶっ叩く少女……うんともすんとも。

 もう一度……うんとも。

 もう一度…もう一度…もう一「わああああああああ!!!」

 と、いくら叫んだり叩いたりしたところで、状況は一転もせず、辺りは真っ暗なままであった。

 そうなると、少女にとっては非常に厄介なことが起こる。


 乱れた少女の心からかもし出される、旨味うまみのある血肉の香りに誘われ、じわりじわりと、いたる所から「あれ」の気配が顔を覗かせ始めた。自分の体を、心臓を、め回しながらこちらに近づいてくる――そんな想像をしてしまう。


 次の瞬間、少女の身体の中心からぞくりとした熱が一気に湧き上がり、たちまちに頭の先まで駆けけていった――本能からの警告だ。

 それを受けて、不安と恐怖で表情が埋まる。少女は、あっという間に怖じ気づいてしまった。

 引き返そう――そう思った。これ以上気配が増える前に。

 少女は、背後を守りたくて、びったりと背中を壁にくっつけると、そのまま衣服をらせながら壁沿いに階段へと向かっていった。


 ところがであった。

 ふと、少女は何かに気がつき足を止めた。

 確かめるために、そのちっちゃくて可愛げな両耳に、これまたちっちゃな手を添えて、集中して耳を傾ける。

 やはりだ。わずかにだが、誰かが……誰か達が、階段を駆け下りてきている――そんな音が聞こえる。こうしている間にも、足音達は徐々にはっきりと主張を増してきている。


 「蛇」とはまた別の恐れが湧き上がった。バレたら怒られるようなことをしている自覚があった少女は、背中をくっつけるのは続けたまま、今度は反対方向に逃げていった。

 途中でパネル台に頭をぶつけたり……と、はたから見ればなんとも滑稽なさまではあったが、もちろん少女は真剣そのものだ。なるべく急いで、ぶつからないようにと、手探りをしながら階段から離れようとした。


 だが、足音の雰囲気からして、その勢いはいずれ簡単に少女に追いついてしまうほどだ。

 確実に迫ってきている正体不明の足音達に追い詰められ、ますます体が強張り、冷や汗が止まらない。もっと離れなきゃ、もっともっと!――「っ!?」

 そう思った矢先だった。少女はとうとう闇の中で行き止まりにぶつかってしまった。


 大急ぎで、ぺたぺたぺたと壁を触り、先に続く道を探る。しかし、いくらやっても壁は横に横にと続いていく。どれだけいっても、行き止まりがなくなってくれない。

 そうしている間にも足音は無慈悲に着々と大きくなっていっている。奴らはもう、すぐそこまで降りてきているのだ。

 ――どうしようどうしようどうすれば!

 ひどく焦る少女。その視界の隅に、不意に微かな光が差し込む。

 振り向くと、階段の上の方から、幾つかの白く鋭い光が揺れ動きながら伸びており、丁度階段の零段目にあたる踊り場床を照らしているのが見えた。その反射光が少女のいる行き止まりの壁にまで届いたのだ。


 おしまいだ。頭が真っ白になり、足が固まって動かない。このままでは、見つかるのは時間の問題……

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