Case3-7 少女
「え…? ちょっと待ってよ……」
事実を受け止めきれず、そんな言葉が口から
「え 待って嘘でしょ?」
すーちゃんは見るからに取り乱していた。
たった今、なんとも重たいダンボール箱を抱えて、先ほどの男性職員含む数人を連れて帰ってきたところだったのだが、
いないのだ。そこで待っているはずの少女が。
反射的に、何かしなくてはと思った。すーちゃんは、すぐさま箱を置いて、少女が立っていた場所に立つ。
しかしそうしたところで、何か変わることがあるはずも無い。少女が、おそらく母を探しに消えてしまったという
鼓動が
「レナちゃん!! レナちゃーん!!」
気づいてほしい。そう願って声を飛ばす。
状況を察した部下の職員達も、一人また一人とそれに参加していく。
「レナちゃーん! どこー!?」
しかし……
「返事してー!!」
しかしだ……。
「…レナちゃーん!」
それを続けようとするほどに、すーちゃんの声は乏しくなっていった。わかってしまった――今自分がやっていることの虚しさに。
「レナちゃん……」
やがて、少女を呼ぶ声の中から、すーちゃんの声はなくなってしまった。
当然の事だ。こちらを振り向くのは、いつまで経っても、自分と同じ白衣の大人達ばかり……。
× × ×
場所は再び所内エントランスホール。誘導を続けている警備員のおじさんの位置から、人混みを挟んで反対側。かろうじて列の形を成してはいる人々の流れに逆らいながら、少女は母を探し続けていた。
ホール内では避難の阻害を防ぐため、既に警報は停止させられていたが、所内奥ではまだ鳴り続けているのが聞こえてくる。
「ねえ君。君! 森さんの娘さんだよね? 何してるの?」と、列に並んだ職員達から、何度か声を掛けられることもあったが、少女が「後ろにお母さんがいるから会いに行くんです!」と答えると、列から外れる訳にも行かずか、職員達は皆少女を見送った。
『後ろにお母さんがいるから』――数日後に始まる四月から、ようやく小学生になるほどだ。その、ただの「望み」を、身勝手に信じ込んで口走るほどに傲慢な幼さが、結果として少女を不審に思った大人達を納得させてしまっていた。
だが、どう足掻いても、『望み』が「望み」の域を出ることはない。
少女は最後尾まで辿り着くと、とうとう母と出会うことはなかった。
そこでようやく、自分の頭の引き出しに完全に仕舞い込んでいた、反対の出口の存在も思い出した。
どちらにせよだ、少女がひどく落胆したことに変わりはなかった。絶対に会えると信じ込んでいたからこそ、返ってくるものも大きい。ぶつけようのない苛立ちや哀しみ、そんなやるせない
とぼ…とぼ…と素直に最後尾に並び直す少女。
前の職員が、どこからかやってきて今更並ぶ少女を不可思議そうに横目で見ていたが、少女はうつむいていてそんなこと気にならない。今度はうねりがはっきりとした形の感情になってきていて、それどころではなかった。
――いなかった。ぜったいいると思ったのに。
――なんでいないの? いてくれると思ったのに。
――もう会えないままなのは嫌なのに。なんで?
――今どこにいるんだろう。やっぱり外だったのかな。
――すーちゃんにおこられちゃう。どうしよう。
うねって、渦巻いて、いつのまにか、頭の中は窮屈で。
それが本当に嫌で、いっぱいいっぱいで、唇に力が入り、涙が滲んだ。
でも、
――『零階でなんかヤバいこと起きたってことでしょ?』
少女は、後ろを振り向いた。
警備用マシンが横にならんで、目に見えない柵を担っている。その奥の所内には、もう人っ子一人見当たらない。
少女はその光景をじっと見つめ続けていたかと思うと、今度はまた前へと向き直した。
少し進んだ列。目の前の大人達は、みんな玄関の方を見たまま。
それを確認した少女は、
――もう少しだけ――。
決めて、
後ろへと駆けだした。
誰も気づかない。ひっそりとした失踪。
少女を認識し、警告メッセージを放つマシンを無視して、抜き去る。
ひたむきに、真剣そのものの表情を一切変えず、徐々に大きく聞こえてくる警報の方へと進んでいく……。
――『じゃあ、いってきます!』
――『いってらっしゃーい! 頑張ってねー!』
……母とのやり取りを思い出していた。
いつもは見送られる側の少女だったが、一週間に一度だけそうではない日があった。
保育施設がお休みの日曜日だけは、少女が見送る側となり、休み無く働く母親にエールを送っていた。
それが、心当たりに繋がる記憶。
額にうっすらと汗を浮かべ、肩で息をしている少女。その目と鼻の先には、一枚の扉が静かに
少女がいつも母を見送っていた扉だ。上端には、控えめに『北階段』と記されている。
弾んだ息が整うのも待たずに取っ手に手をかけると、少女はそのまま自身の体重を乗せて目一杯に扉を押し開けた。
少しばかり、拍子抜けした。
扉の中は、どこの建物に行っても見られそうな、特徴のない白無地の屋内階段であった。研究者である母が向かう、秘密の〝らぼ〟……てっきり少女は、ステップそのものが光っていたり、『ウィ~ンウィ~ンピポパポ』みたいな機械音が壁から鳴っていたりと、SF作品に出てきそうな、近未来チックなものを想像していた。
ただ、しかしながらそのありきたりな光景は、大げさに鳴り続ける警報と相まって不調和を生み出しており、言葉にしづらい奇怪な感覚を少女に与えた。その感覚が、少女の母を心配する気持ちを更に煽る。
――もしかしたら、まだこの下にいるかもしれない。大変なことになってるかもしれない。早く、助けに行かないと!
そして少女は、一段目に足をつける。
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