Case3-30 少女

 ――もう少しだけ――。


 決めて、

 後ろへと駆けだした。

 誰も気づかない。ひっそりとした失踪。

 少女を認識し、警告メッセージを放つマシンを無視して、抜き去る。

 ひたむきに、真剣そのものの表情を一切変えず、徐々に大きく聞こえてくる警報の方へと進んでいく……。




 ――『じゃあ、いってきます!』

 ――『いってらっしゃーい! 頑張ってねー!』

 ……母とのやり取りを思い出していた。

 いつもは見送られる側の少女だったが、一週間に一度だけそうではない日があった。

 保育施設がお休みの日曜日だけは、少女が見送る側となり、休み無く働く母親にエールを送っていた。

 それが、心当たりに繋がる記憶。


 額にうっすらと汗を浮かべ、肩で息をしている少女。その目と鼻の先には、一枚の扉が静かにたたずんでいた。

 少女がいつも母を見送っていた扉だ。上端には、控えめに『北階段』と記されている。

 弾んだ息が整うのも待たずに取っ手に手をかけると、少女はそのまま自身の体重を乗せて目一杯に扉を押し開けた。


 少しばかり、拍子抜けした。

 扉の中は、どこの建物に行っても見られそうな、特徴のない白無地の屋内階段であった。研究者である母が向かう、秘密の“らぼ”……てっきり少女は、ステップそのものが光っていたり、『ウィ~ンウィ~ンピポパポ』みたいな機械音が壁から鳴っていたりと、SF作品に出てきそうな、近未来チックなものを想像していた。

 ただ、しかしながらそのありきたりな光景は、大げさに鳴り続ける警報と相まって不調和を生み出しており、言葉にしづらい奇怪な感覚を少女に与えた。その感覚が、少女の母を心配する気持ちを更に煽る。

 ――もしかしたら、まだこの下にいるかもしれない。大変なことになってるかもしれない。早く、助けに行かないと!


 そして少女は、一段目に足をつける。

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