Case3-29 少女
場所は再び所内エントランスホール。誘導を続けている警備員のおじさんの位置から、人混みを挟んで反対側。かろうじて列の形を成してはいる人々の流れに逆らいながら、少女は母を探し続けていた。
ホール内では避難の阻害を防ぐため、既に警報は停止させられていたが、所内奥ではまだ鳴り続けているのが聞こえてくる。
「ねえ君。君! 森さんの娘さんだよね? 何してるの?」と、列に並んだ職員達から、何度か声を掛けられることもあったが、少女が「後ろにお母さんがいるから会いに行くんです!」と答えると、列から外れる訳にも行かずか、職員達は皆少女を見送った。
『後ろにお母さんがいるから』――数日後に始まる四月から、ようやく小学生になるほどだ。その、ただの「望み」を、身勝手に信じ込んで口走るほどに傲慢な幼さが、結果として少女を不審に思った大人達を納得させてしまっていた。
だが、どう足掻いても、『望み』が「望み」の域を出ることはない。
少女は最後尾まで辿り着くと、とうとう母と出会うことはなかった。
そこでようやく、自分の頭の引き出しに完全に仕舞い込んでいた、反対の出口の存在も思い出した。
どちらにせよだ、少女がひどく落胆したことに変わりはなかった。絶対に会えると信じ込んでいたからこそ、返ってくるものも大きい。ぶつけようのない苛立ちや哀しみ、そんなやるせない
とぼ…とぼ…と素直に最後尾に並び直す少女。
前の職員が、どこからかやってきて今更並ぶ少女を不可思議そうに横目で見ていたが、少女はうつむいていてそんなこと気にならない。今度はうねりがはっきりとした形の感情になってきていて、それどころではなかった。
――いなかった。ぜったいいると思ったのに。
――なんでいないの? いてくれると思ったのに。
――もう会えないままなのは嫌なのに。なんで?
――今どこにいるんだろう。やっぱり外だったのかな。
――すーちゃんにおこられちゃう。どうしよう。
うねって、渦巻いて、いつのまにか、頭の中は窮屈で。
それが本当に嫌で、いっぱいいっぱいで、唇に力が入り、涙が滲んだ。
でも、
――『零階でなんかヤバいこと起きたってことでしょ?』
少女は、後ろを振り向いた。
警備用マシンが横にならんで、目に見えない柵を担っている。その奥の所内には、もう人っ子一人見当たらない。
少女はその光景をじっと見つめ続けていたかと思うと、今度はまた前へと向き直した。
少し進んだ列。目の前の大人達は、みんな玄関の方を見たまま。
それを確認した少女は、
――もう少しだけ――。
決めて、
後ろへと駆けだした。
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