Case3-2 少女

 麦わら帽子をぎゅぎゅっとかぶる。

 少女は祖父母のうちに着くやいなや、荷物降ろしを母と祖母に任せ、祖父と共にトマト畑へと遊びに出かけた。近づくにつれ、朗らかな空気の中に土の香りが混ざる。少女の知っている砂埃のとは違う、柔らかくて優しい香りだ。


 少女は祖父に許可を得ると、高く立ち並ぶ緑の壁の中に飛び込んでいった。その先には焦げ茶色の横一本道がどこまでも伸びていて、その両脇には、葉に茎にを纏わせた支柱が同じくどこまでも続いていた。

 茎の先で見事に実った、たくさんの鮮やかな赤の玉。少女はふとクリスマスツリーを連想し、その一つ一つに心躍らせた。

 きゃっきゃと声をあげ、一本道を駆け抜ける。ビーグルがく冷たい水霧すいむが、とっても肌に心地よかった。


 そういう素敵な時間ほど、過ぎていくのはあっという間なのだと、少女はなんとなく知っていた。

 気の無垢むくのままに遊ぶ。その片手間に祖父のお仕事を手伝ってみたり、時折ときおり出会う初めましての生き物達に挨拶を交わしたり。そんなことをしている内に、もう帰るよと母と祖母の迎えが来てしまう。


 帰りの途中では、母の〝じゅけん〟を支えたという神社に立ち寄った。

 参拝の沈黙の合間に、ひみひみひみひみ――と、聞いたことのない虫の音が聞こえてきた。祖母曰く、ひぐらしという蝉の一種だそうだ。これも初めましてだった。


 到着した祖父母の家は、少女にとって実に興味深い構造をしていた。

 長年による老朽と時代の変化に沿ってリフォーム・リノベーションを繰り返しており、元々は大半が和室だった内装が、現在は洋室に数を越されていて、その中でV-リングに適応したワイヤレス家電製品が最低限そろえられている。和室の壁にはなんと、今時都会ではまず見られないコンセント口まで残っていた。まだ使えるらしい。――と、いうように、過去と現在が混ぜこぜになったような、そんな不思議な空間となっていた。


 お風呂上りの夕飯時。食卓にはお先にと、昼間祖父と収穫した新鮮なトマトが振舞われていた。

 少女は早口に「いただきます!」を済ますと、祖父にならい、お塩を振ってかじりつく。口いっぱいにはじける元気の良い酸味に、思わずほっぺたが落っこちそうになる。自分で取ったからなのだろうか、こんなに濃くっておいしいなんて! そんな風に舌鼓を打っていると、続いての料理が到着した。少女は思わず、手を叩いて歓声をあげる。

 こんがりチーズたっぷりのトマトクリームグラタン。大好物だ。新事実――母特性のレシピは、祖母直伝のものだったというわけである。お味の方は言うまでもなく。少女のほっぺたは落っこちたのであった。


 食後のことは……正直よく覚えてはいない。みんなで、春先に保育施設で行われた、踊り発表会の映像を見始めはした。だが、一日中よく動き回った体に、お腹が満たされたのも相まって、気がつけば少女は自然と気持ちの良い眠気に身を委ねていた――…。




 ×   ×   ×




 目が覚めると、目の前は真っ暗に包まれていた。

 左隣から聞こえる母の寝息と、肌ざわりの良いタオルケットの感覚で、自分が布団の上で寝ていることを自覚した。そういえばなんとなくだが、母の膝の上に座らされて歯を磨かれた記憶がなくもない気がする。いやあれは祖母だっただろうか……と、そんなことをぼんやりと考えているうちに、少女はトイレに行きたくなってしまった。

 母を起こそうと、その肩に手を伸ばしたが、夜中に一人でトイレに行く練習中であったことを思い出しそれを引っ込める。正直、夜中の暗がりなどなんともない。

 すっくと立ちあがった少女は、祖父母邸のトイレの場所を思い出しながら、そのままいつもの練習通り、一人部屋を出た。


 そして、まもなくして事件は起こる。


 壁伝かべづたいに進んでいく少女。その後ろをつける何者かの影が一つ。

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