Case3 少女

 膝を抱えた両手が恐怖で震える。緊張で血が巡らず、指先はひんやりと冷たい。

 本当だったら、今にも声をあげて泣き叫びたい。けれどもそれすら許されず、少女はただ、誰にも存在を悟られないように、このデスクの下で身を縮こまらせ、涙をボロボロと膝に落としていた。

 これほどの恐怖を今まで感じたことはなかった。

 ……いや、

 一度だけそれはあった。






 嫌いな物が一つできた。


 少女にとって、それはとても珍しいことであった。食べ物だって好き嫌いは特になく、保育施設でだってみんなと仲良しだ。勇敢なことにお化けだって怖くない。それどころか、施設で一番仲良しの子を怖がらせる存在として、見つけることがあれば倒してしまおうとも考えている。それはきっと、分けへだて無く好奇心旺盛な母親譲りの性格からきているのだろう。

 ただ、そんな少女でも、どうしても嫌いなものが一つだけできた。

 蛇が嫌いだ。


 去年の夏、お盆の季節。母と共に、産まれた頃一度だけ行ったことがあるという、祖父母の家を訪れた時のことだった。

 首都を離れ、車に揺らされて四時間。母の声に眠りから目覚めた少女が、寝ぼけまなこで足をつけたのは、日差しに乾いた土の上であった。飛び込んでくる青い匂いに、ふっと意識が起きる。

 目の前には、少女が普段生活を送っている景色とは全く別の世界が息づいていた。高層ビルに遮られることなく、ぎらつく陽光を一身に浴びて、翠々すいすいとひしめくトマト畑。その間を、せわしなくあちらこちらと駆け回る、無人のスマート農業ビーグル。

 少女は性格も相まって、その世界がすぐに大好きになった。


 ブルーアスファルトもない、裸の凸凹砂利道でこぼこじゃりみちを踏みしめて、手を広げ待つ祖父と、祖母の元へ。

 その日は、少女にとって忘れがたい一日となる。

 良くも、

 そして悪くも。

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