Case2-4 ノバレス・バクトロ

 目が覚めると、エレベーターが横向きになってたよ。僕が倒れてたから、横向きに見えたんだ笑。変な体勢になってたよ。逆さまになってて、顔だけ横になってて床にほっぺがくっついてる感じ。

 エレベーターの中は、三個くらい?の白い光が照らしてた。ブイのライト。僕より先に起きてた人達だね。パネル下に設置されてた懐中電灯も使われてた。


 僕はまだ目が覚めたばっかりだったから意識がぼんやりしてて、自分の体勢とか状況とかよくわかってなかったな。

 そんなことより、エレベータ―の扉を無理矢理開けようとしてる人達とかを見て、みんなひ弱なんだからやめたらいいのにとか、変なこと考えてたよ笑。今思うとね。

 よくあるだろ? 寝ぼけてる時とかさ、自分でも理解できないこと考えたりするとき。

 それで僕はみんなに、みんな筋肉ないんだから諦めた方がいいよって本気言おうとしてさ笑。まあ頑張って開けようとしてて爪とか怪我してたし。言いたくなる僕の気持ちもわかるっちゃわかるけど。

 あ。結局それはできなかったんだよ。声が上手く出なくてね。なんか掠れた音が出た笑。でもそれで僕が起きたって気づいてもらえた。


「ノバレス! 生きてる生きてる!」


 そう言ったその人は、扉を開けようとした二人に声をかけて僕の体勢を整えてくれた。えっと…南棟のラボにいた斉藤さんかな。

 三人がかりで僕は持ち上げられた。その時意識がはっきりしてきて、自分が変な体勢になってたって気づいたんだ。

 運ばれてる途中で背中と右足に激痛が走ったよ! どうやら思いっきり打ってたらしい。特に足! 折れちゃっててさ! もう最悪だよ! 自分でも聞いたことない声で痛がっちゃった。そのままゆっくり壁にもたれさせられたけど、しばらく痛みで涙が止まらなかったよ。あ! アイディーは無事だったよ。僕のふところにいたままだった。気になってたでしょ?


 また扉を開けるのにみんな戻ってった。

 僕はちょっと動ける状態じゃなかったからね。ブイのカメラに暗い所も見える機能あるでしょ? それを使って中を確認したんだ。


 僕と他の三人以外、みんな倒れてた…。ピクリとも動かない…。それを見てようやく自分の身に何が起こったのか思い出したんだ。エレベーターが落ちたことね。

 止まらずに下まで行ったのなら、ここはレイカイ…第零階だいぜろかい……。三階くらいで一回止まったはずだから、少なくとも…六階分くらい落ちたんだと思う。どうりで怪我してるわけだよね。

 いや…

 怪我で済んだんだな。僕が倒れてたところを見ると人が二、三人くらい重なってたんだよ。僕は実質その上に落ちたんだ。だから…うん…複雑な気分だったよ…。


 もう一度声を出そうとしたら少し出たから、僕は三人に外と連絡は取れないのか聞いたら、かぶせるように返事が来た。


「圏外だよ! 無線LANも繋がんない!」


 ……何回もやったんだろうね。なんかごめん。


 動く気になれなかった。というかどんどん痛みが強くなってた。ものすごく痛いよ。動いちゃダメなやつだよね。

 僕は気をまぎらそうとして考え事でもすることにした。


 ……。

 零階ぜろかい

 よりによってこんな形でくるなんて。最悪だよ。

 うん……。

 ……

 いつか、ここで、

 いや、別にここじゃなくても、いつか春氏浦はるしうらさんと仕事がしてみてかった――そう思った。


 一度僕の研究を見に来てくれたことがあった。


 無表情な女性だった。多分その時は僕の顔すら見てなかったと思う。

 ただ、電光を一瞬発したバッタを見て、彼女は目を輝かせたんだ。そして言ってくれたんだ。期待してるって。

 あの目を…瞳って言ったらいいのかな。あの瞳を忘れたことはない。それまでは特に何も興味ないみたいな顔だった彼女が見せた、楽しそうな感じの瞳。

 なんていうかな……その…柄じゃないけど、僕はそれを、とても…とても美しいと思ったんだ。

 だから、頑張ろうって決めたんだ。たとえN-GETを離れたとしても、大学の方で研究を続けて、いずれまた彼女に認めてもらおうって。

 怪我で気分が落ち込んでた僕は、ちょっとだけ持ち直した。

 なんか恥ずかしいな笑。こんなとこまで読まないでくれよ笑。


 まあでもそんな感じのこと考えてたんだ。

 そしたらさ、そこでなんと! 非常灯が点いたんだ!

 その時僕は、自分の思いが通じたって思ったね! なんてタイミングなんだって。

 そして今度は高めの電子音がまた鳴った! そう! エレベーターの到着音!

 扉に手をかけてた二人もびっくりして離してさ。

 まさかって思ったよ! でも予想通り! 扉が自動で開き始めたんだ!




 ……

 ……


 目を疑ったよ。


 そこには……

 青い…とにかく青い…海が広がってたんだ。


 いや正確には違う。

 海じゃない。零階ぜろかいのフロアが完全に水に浸かっていたんだ。全部だよ。余すところなく。

 にもかかわらずそれがこっちには流れ込んでこないんだよ。変な光景だったよ。エレベーターと零階の間に見えないガラスがついてるみたいな…、そうだ! ちょうど水族館の水槽見てるのと似てる! 魚は一匹もいないけど。


 でも……、そんなことが……

 そんなことが全く気にならなくなるほど、それは青かった…。


 すごく深いのに、ずっとどこまでも澄んでいるっていうか、

 光源もないはずなのに、きらめいて見えるっていうか、

 んー…。いやダメだな。言葉じゃ表現できないよ。


 とにかくあれをただ水で満たされてたって言うのは間違ってる。

 それが、海であると直感で感じるっていうか、

 それを海と呼ばなければならないと思わされるっていうか、

 つまりそれほど、あの光景は何よりも――


 ……


 ……


 ……そうだ。


 何よりも、美しかったんだ。




 虫カゴの中で暴れるアイディーにも気がつかず、僕はただ見惚れ続けてた。もう目も離せないし、頭の中もその光景でいっぱいだったよ。

 他の三人もそうだった。

 一人がね、何を考えたのか海に触れようと手を伸ばしたんだ。

 それがいけなかったんだと思う。いや、ていうか絶対それだな。


 さっき言った爪を怪我してた奴だったんだ。そいつの指先が海面に触れて、そのまま手を海に沈めていった。その時、爪の怪我からにじんだそいつの血が、海の中に溶け込んで消えていくのが見えた。

 それからすぐだった。


 声が聞こえたんだ。


『無礼な…お方……』


 女性の声だった。今でも頭の中でしっかりと思い出せる。

 静かで上品なのに、力強くて、存在感がある? ううぅ! これも説明が難しい!

 いや! そうだな、その時とにかく僕はこう感じたんだ。

 この声は、海のものだと。


 気づくと海面がじわじわと震えだしてた。

 手を入れた奴もやばいと思ったんだろうね。すぐ抜いてそこから下がろうとしたんだけど、もう何もかも遅かった。


 海が、物凄い勢いでエレベーターの中に入り込んできたんだ…! 一気にだよ!

 どういうエネルギーが働いてるのか見当もつかない! ほぼ真横だったんじゃないか?

 僕らはあっという間にエレベーターの壁にたたきつけられて、それでも勢いが無くならない海に押さえつけられて、押さえつけられ続けて、

 もうエレベーターの中は完全に海の一部だよ。

 ものすごい水圧だった。深海の底に落とされた気分だ。

 怪我の痛みとかそれどころじゃないよ! 体全部が潰されてったんだ!


 ……

 ……

 ……


 うん……


 ……

 ……

 ……


 まあ…、そんな感じだよ。

 

 そんな感じでさ、

 僕は亡くなったんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る