Case1-2 矢上藤次郎

 事の始まりは、今から約六ヶ月前――

 研究所内の最大施設『第零だいぜろセントラルラボ』にて、とある実験が行われた。

 結果から見れば、当初の目標を達成することは叶わず、実験は失敗に終わったと言えた。

 だが、そのような失敗などかき消してしまうほどの、がその実験によって生み出されることとなった。

 ――詰まるところ、【対象被験体F, M】の誕生である。


 Nエヌ-GETゲットかかげる目標の達成の為に、その存在は必要となりえるものであったが、それと同時に、そのあまりにも強烈なイレギュラー性に政府側は強い警戒を見せた。

 そういった経緯により、急遽きゅうきょ組織された被験体対策チーム、それが『Nエヌ-GETゲット特別警備部隊』であった。


 先述の通り、N-GETには既に民間の警備会社が協力していた。

 にもかかわらず、国直轄くにちょっかつとは言え、いち研究施設に警察組織の猛者達が警備につくというのは、無理がある話である。

 故に、この事実は極秘だ。隊員達のデータ上の経歴は既に抹消されており、彼らには新たに、『警備四課四係けいびよんかよんかかり』という存在意義があるのかないのかわからない部署の新人達という肩書きが与えられていた。

 それを知る者は、警察、政府内でもごく一部、所謂いわゆる『上』と呼ばれる者達のみである。




 ×   ×   ×




 頭上から降り注ぐ、不穏極まりない断続音。

 繰り返されるそれを聴覚で感じとる度に、六人のプロフェッショナルとしての意識は覚醒していった。


 配属以前彼らは、いついかなる犯罪が襲いかかってくるのかも不明瞭な中、常に気を休ませてはならない日々を送っていた。だが研究所に就いている間は、の任務に招集しょうしゅうされることはまずありえない。その生活は、身体からだこそ鍛えることはできたものの、日に日に精神をなまらせていくものであった。

 何より、何度か対象被験体達と接触をしている彼らからすれば、たとえ可能性がゼロではないとしても、被験体達が何か問題を起こす存在だとは、到底思えなかったのだ。


 だからこそ、どこかおかしな話しではあるが、隊員達は現状況に一種の喜びのようなものを感じていたと言っても嘘ではない。「生きがい」という表現が当てはまっているのかはさだかではないが、彼らは張り合いのない日々にそれを求めていた。

 意識的にか無意識的にか、環境までも利用して過去の己を呼び覚ましながら、彼らは地下に眠る第零だいぜろセントラルラボへとかす。


 やがてフロアはしの壁沿いにある、廊下と同色の扉の前に辿り着くと、小隊は最初から決めていたと言わんばかりに、扉の前で隊列を保ったまま一時停止した。扉の上端うえはしには、控えめに『南階段』と記されている。

 道中ではエレベーターもあったが、彼らは使用をけた。突入のタイミングを選べないことが理由だろう。

 扉の一番近くにいた、おそらく小隊のリーダーである男は、バイザーヘルメットの側面にある突起を押し込み、音声を発信しだす。


「こちらB班、B班。ポイント地点、南階段に到着。A、C、D班の報告を求む。オーバー」


 すると時間を待たずして、音のざらついた返答が次々とヘルメット内に流れ始めた。


『こちらA班。たった今ポイントに到着、オーバー』

『C班、現在D班と合流。ポイントまでは約二十メートル、オーバー』


 そこまで報告が完了すると、続けざまにA班報告を行った声の主が指示を飛ばす。


『了解。それではこれより、A、B班はダイゼロ階段扉前までの進行を開始する。オーバー』

「了解」


 そう言って男はヘルメットから手を離すと、南階段扉の取っ手に手をかけた。

 連動するように、後ろの五人もライフルを持ち直し、気を張り直す。

 ヘルメットの内側で、カウントが始まる。


『3…』


 しかし――


『2…』


 他班たはんも含め、彼らは知るよしもなかった――


『1…』


 おのれらの無力に気づく間を与えられることもなく、既にこの異常なる異常にみ込まれつつあることに――…


『Go!!』


 合図とともに取っ手を下げた、

 その瞬間――


 バツリッ!という音が響き、

 隊員達の視界は一気に黒に落とされた。

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