Case1-3 矢上藤次郎
合図とともに取っ手を下げた、
その瞬間――
バツリッ!という音が響き、
隊員達の視界は一気に黒に落とされた。
それだけではない。つい、たった今の今までやかましく鳴り響いていた警報音までもがその行方を
完全なる「無」が、彼らを支配する。
突然の出来事、
戸惑いを隠せない隊員達……
……ではあったが、それもほんの一瞬のことであった。
すぐさまそれが、停電によるものであることに気がついたからだ。
――そうだ。これは停電。単なる停電。
そう心の内で処理をしている間に、
変わった様子は、見当たらない。しかし、それでも所内はどこか、まるで研究所そのものが死を迎えたかのような、あるいは、全く別の場所にまるごと入れ換わってしまったかのような、そんな不気味さを吐き出していた。
『こちらA班。ポイントAにて停電が発生。B、C、D班に異常はないか。状況を報告せよ。オーバー』
A班のリーダーより無線連絡が入る。小隊のリーダーであろう男は、先ほど同様突起を押し込みすぐさま答えを返す。
「こちらB班。ともに停電発生。階段進行を中断。ポイントBに異常はなし。オーバー」
『C、D班、状況はこちらも同じです。ポイントに到着完了。オーバー』
『了解した。……』
各班からの回答を得たA班のリーダーは一考の
『……作戦は続行する。各班予定通りに行動せよ。B班、再度カウントを開始する。C、D班は我々が地下フロアに進行完了の後、合図で階段からの進行を開始せよ。オーバー』
「了解」
『了解!』
再び、カウントが始まる。男は取っ手を握り込んだ。
不安はない…ということはなかった。
高まっていた自分達の意識を不意にする、狙いすましたかのような停電。そして、おそらくこれから対峙するであろう対象被験体達の存在――何も感じないことなど、できはしなかった。
しかしながら、これは任務だ。それはすなわち、男にとって使命と同義であった。プロとして、一度背負ったそれを完了させる為、これ以上先へ進まないという選択をとることは、決してありえないことなのである。
ゴーサインが鳴る。
今度こそ、男は扉を開いた……………――――階段の奥深くより、黒い風が吹き上がる。いや正確には違う。俺は最初確かに
真後ろの隊員から名を呼ばれ、矢上は我に返った。
扉を開けて立ちすくんだままの自分に気がつく。
目の前には、ただ階段だけがライトに照らされていた。
「ああ、いや…」
と、その場にふさわしくないなんとも間抜けな返事しかできない。
――なんだ? 何が起こった? 今確実に俺の身に何かが起こった。だからこそ俺は今固まっていた。だからこそ俺は今動揺している。一体なんだ? 俺は何をされたんだ?
いくら思考を巡らせたところで、いくら何もないそこに何かを見ようとしたところで、矢上は先ほど自分だけが体験した現象を思い出すことはできなかった。
バイザー越しから見える矢上の額に、じわりと汗がにじむ。
「気をつけろ……気をつけた方がいい……」
矢上のその発言は、どちらかと言えば自分自身に言い聞かせるためのものであった。
要領を得ず、しかも言うまでもないこと。リーダーからのナンセンスな忠告に、隊員達は
「お前、大丈夫か?」
真後ろの隊員がそう言葉をかける。これはなにも矢上がリーダーであることを疑問視してのものではない。先に述べておけば、隊員達は矢上に対し一定以上の信頼を寄せていた。この言葉も、普段と明らかに様子が違う矢上から、その真意を探ろうとするものであった。
それを受けてか、矢上もまた自身の馬鹿げた発言を自覚した。
「あ、あぁ、すまない」
しかしそれと同時に、その馬鹿げた発言をした自分を信用した。
「だが……どうにも……経験したことのない感覚がする」
自分でもまだ計りかねている、その得体の知れない危機感のようなものを、なんとか言葉にしていく。
「俺は、今まで現場で、『勘』…ってやつを信じたことはない。ただ、今俺が感じてるものが『勘』なら……これは無視できない。デカすぎる。だから、もう一度馬鹿なことを言うが、とにかく気をつけろ。警戒を
隊員達は口々に了解の声を挙げる。その場にいる全員が、いつになく迫真めいたその言葉を心から受け止めた。
そして矢上は、一段目に足をつける。
いよいよB班の五人は、ラボに向けて、進行を開始した――…
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