第八幕 狐の嫁入り
狐の嫁入り―1
数日後、本殿から全ての妖への通達があった。巌の出した黄昏座に関わる者は謀反とみなすという通達を取り下げること、そして黄昏座を認めて賞賛するものだった。
「あの、周知――畏怖が弱まると存在が消えてしまうことは、公表しないんですか」
あさぎは、天狗の女性に質問した。せっかくだからと、浅草寺まで直接通達を持ってきてくれたのだ。天狗も翼を持つ妖だ。
「それは今議論をしているところ。公表すべきという意見ももちろん理解はしているけれど、自分が他の種族よりも死に近いと知らされ、それを抱えたまま日常を過ごすのは、酷であるという意見もあるわ」
「それは、確かにそうですね……」
「元より、どの妖の存在も消えることのないように、最善を尽すわ」
「はい」
座長はどこに、と聞かれたので、あさぎは琥珀を呼んだ。あさぎは邪魔になるかと退席しようとしたが、密談ではないのだからとそのまま居るように言われた。
「本殿からのせめてものお詫びとして、黄昏座からの要望を叶えることになったわ。何がいい?」
黄昏座を認めてほしいというのは、通達によってすでに叶った。他に必要なものといえば。琥珀と頷き合った。
「では、芝居小屋の修理をお願い出来ますか」
「承知したわ。もっと大きい芝居小屋に改修することも出来るけれど、どうする? 客も増えるだろうし、座員になりたいという妖も増えると思うけれど?」
「いや、今のところ座員を増やすつもりはないし、きっと落ち着かないだろうから、そのままでいいです」
琥珀は苦笑いしながら芝居小屋を広げることは断った。あの芝居小屋は、あさぎにとっても、皆にとっても思い出の詰まった場所だ。もうしばらくはあの場所に居たい。
「これは出過ぎたことを言ったわ。他にはない?」
「あの……」
あさぎは小さく挙手をして、話し出す。一蹴されるかもしれないが、とりあえず言ってみなければ始まらない。
「本殿に、乙族、丙族、丁族も参加できるようにしてほしい、と思いまして」
「ほう」
「たぶん、自分とは遠い人たち、ずっと上の人たちが決めたことっていう認識だから、何も考えずに従うんだと思って。だったら、もっと多くの人が参加した方が、親近感が沸くんじゃないかと思った、んですけど……」
言いながら自信がなくなってきた。これまでの常識をひっくり返すようなことを言っているのだから、当然なのだが、あさぎなりに考えたことだ。
「俺もあさぎの意見には賛成です。今回みたいなことが起きないように、目は多い方がいいと思いますし」
天狗の彼女は、しばらく黙り込んでいたが、やがて楽しそうに笑顔を浮かべた。
「いい考えだわ。実は、まだ発表はしていないけれど、今の本殿の役員は状況が落ち着いたら全員辞めることになっていてね」
「え!」
「百鬼夜行を引き起こした責任があるわ、当然よ。だから後任をどうやって決めるかって話し合っていて、うん、君たちの案を伝えてみるわ」
彼女は、そう言って何度も頷いた。
ふいに障子の向こうから声がした。寧々の声だ。
「琥珀、相談したいことがあるんやけど」
「すまん、寧々さん。今は来客中で」
「いや、わたしはそろそろお暇する。長居したわね」
彼女は立ち上がると、障子を開けて寧々を中へ招き入れた。そして自分は廊下に出た。寧々が慌てて挨拶をして、見送ろうとしたが、何か思いついたらしく、引き留めた。
「もう少しだけ、お時間よろしいでしょうか」
「構わないわ、どうぞ」
「実は、百鬼夜行が人間のお客さんから好評で、またやってほしいと要望が殺到してまして……」
百鬼夜行が芝居として、それほど観客の心を掴んだと思うと嬉しかった。しかし、好評だったからといって、あれだけの妖を集めての行列はそう簡単に出来るものではない。
「はははっ、怖がらせるどころか、完全に娯楽として楽しませたのね。本当に面白いわ。それも掛け合ってみるわ」
彼女は手をひらひらとさせて、今度こそ廊下を歩いて去って行った。
後日届いた通達には、本殿の役員が立候補者の中から投票で選ぶという形式を試験的に導入すると書かれていた。あさぎの意見を取り入れて、さらに練り上げてくれたようだ。さらに、百鬼夜行については、来年の冬至に本殿が全面協力のもとで行うことを約束するとあった。
佐奈は再び百鬼夜行が出来ると知り、目を輝かせていた。今度はもっとしっかり組み立てた脚本で、観客の参加ももっと増やして、と構想がどんどん膨らんでいるようだった。
「僕、学校を卒業したら本殿の役員に立候補してみようと思ってまして」
「そうなんだ!」
「本殿のことは、ずっと信用していませんでしたけど、それはあの男一人が作ったものでした。なら、本来の本殿に興味がありますし、関われるならやってみたいです」
「まさか雪音がそんなことを言うなんて、驚きましたわ」
「あさぎのおかげですよ」
「へ?」
あさぎは、首を傾げた。確かに本殿に他の階級の人が参加出来るように提案はしたが。
心当たりを考えているあさぎを見て、雪音はおかしそうに笑った。
「いつも一生懸命なあさぎに、僕は憧れたんです。感謝しています」
「いやいや、こちらこそ、ありがとう。雪音くん」
雪音から差し出された手を握り返した。こうして改まって握手をするのは、少し気恥ずかしい。
花音が、雪音によく頑張りましたわ、と言っているのが聞こえた。少し寂しそうに雪音が笑ったように見えたのは気のせいだろうか。
「そういえば! 最近はここへ来るのも家から止められませんの。今の本殿から何か言われたみたいですわ。手のひら返しですわね」
花音が呆れたように言うが、嬉しさが隠しきれていない。家から苦い顔をされながら、黄昏座に通うのは大変だったことは想像がつく。
「でも、僕たちはそうなるように努力してきたわけですから、喜んでいいと思いますよ、姉さん」
「そうですわね」
花音と雪音は同じ顔でにっこりと笑い合っていた。
巌によって、長年理不尽な扱いを受けて来たことで、凪個人に対しても、本殿から要望を叶えると連絡が来たらしい。
「凪、何をお願いしたの?」
「あの男とこの先、二度と会わないようにしてほしいって言ったわ。あと、蘭家とも薄家とも縁を切りたいって」
「え、いいの。両方と縁切っちゃって」
あさぎは心配になってそう聞いたが、凪は落ち着いた様子でゆっくり頷いた。もう決意は固いようだ。
「わたしには、どっちも必要のないものだから。黄昏の苗字と、皆がいればいいわ。ああでも、両方の第六感を練習して、芝居に使えるようにはしたいわね」
第六感はちゃっかり使う気満々で、どこか吹っ切れたように笑った。
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