行列―3

「まずは、畏怖と階級の真実を話さなくてはならないわ」

「真実?」

「甲族だけが知っていることよ。丁族の畏怖が衰え、階級が下がれば、消えるわ。存在そのものが消える」

 全員が耳を疑った。存在が消える? 一体どういうことなのか。


「第六感が消える、の間違いではないのですか」

「そうですわ。存在が消えるなんて、知らない方がおかしいですわよ」

「いいえ。第六感が消えるというのは、真実を隠すための虚構よ。その妖の存在そのものが消える、つまり記憶すらも消えるのだから、誰も知らないままに過ごすのよ」


 あさぎも含め、全員声を失った。そんなに重要なことを知らずに妖は生きていたと。黄昏座で、階級を上げようとしたのも、そこに多くの妖が殺到したのも、第六感が弱まることを恐れたと言って間違いではないが、妖としての生存本能が働いていたとも考えられる。


「どうして、そんな嘘を……」

「本殿が公表していないのは、混乱させないためよ。以前の本殿は丁族の階級を落とさせない、保護すると言っていたわ。元々、階級というのは本殿が保護の必要性を把握するために作った分け方だったのよ、広まってから少し意味合いが変わってしまったけれど」


 知らない事実を聞かされて、すでに頭がいっぱいいっぱいになりつつある。が、ここまではまだ前置きに過ぎないのだ。ここからが本題。


「前に、寧々さんが以前の本殿はここまでじゃなかったって言ってたわよね」

「そうや。江戸の頃は中立・不干渉、って」

「それは正しいわ。十五年前から、ご当主様――いや、蘭巌が本殿を乗っ取る計画を始めたの。本殿の他の役員さんたちに少しずつ催眠をかけて」


 人魚は、催眠を使うことが出来るのだったか、あさぎは妖の一覧を頭の中でめくるが、そういった記述はなかったはずだ。


「催眠は、人魚の第六感である気を乱す、の応用したものよ。蘭巌は、第六感の扱いに長けているから。そして、権力を自分一人のものにするために、本殿への忠誠を高めるために、下級への差別を強めたり、本殿に逆らうものを潰したりしてきた」

 凪の話を、それぞれが自分の中でかみ砕いて聞いていた。そして、ふと雪音が何かに気が付いた。


「十五年前、と言いましたよね」

「ええ」

「ということは、僕らが生まれた時に、片方を殺せと言ってきた本殿は、正確には本殿ではなく、その男、ということですか」

「ほぼ間違いないと思うわ。最初に手中に収めたのは烏だったらしいから」


 琥珀と寧々、そしてあさぎは顔を見合わせた。魁の死に対して、侮辱するような通達をしてきたのも、おそらく蘭巌、その人だ。


 黄昏座の座員が苦しんできたこと、それが、あの男に繋がっていた。全員の目に、怒りが灯った。鋭いもの、煮え滾るもの、静かなもの、それぞれが感情をあらわにする。


「黄昏座への襲撃はなぜだ? 逆らったから、それだけか」

「蘭巌は、上納金を渡すという条件で、畏怖を操作しようとしているわ。これが最終段階」

「その男も、階級を上げることが出来るんですの!?」

「いいえ、烏に渡す通達を書き換えるという方法を取るわ。実質的に解決するわけではないし、あの男は解決するつもりがない。今回の更新には間に合わなかったけれど、問題ないと踏んでいたのよ。でも」


 凪は言葉を切った。ここからはもう皆が分かっていることだった。変わるはずのない階級が上がっていて、その要因は黄昏座にあった。


「なるほどな。金を集める口実にしようとしているから本殿以外にそんな力があると知れ渡っては都合が悪いというわけか」

 長い話を終えて、凪は大きく息を吐いた。


「わたしが知っているのはこれで全部。百鬼夜行については、何も知らされていないわ。ごめんなさい、役に立てなくて」

「あたし、思い出したんやけど、あの火事の時、聞いたわ。百鬼夜行」

「寧々さん、どこで!?」


 あさぎは、寧々にぐっと詰め寄った。百鬼夜行が今のところ蘭巌への手がかりなのだ。なんとしても掴まなければ。


「佐奈ちゃんが言った、放火した犯人の男を追って、捕まえたんよ。そしたら、百鬼夜行へ加わりたいのか、って聞かれたんよ。そんなことじゃなくて、火事のことを聞かせてもらおかって言ったら、急に頭痛くなって逃がしてしまったんよ。今思えば、歌のせいやったんやね」


 寧々はその後、消防組へ行って、渋る組員たちを引き連れて芝居小屋へと戻ったらしい。そのまま追っていたら寧々自身が危険だっただろうし、芝居小屋もきっと半壊では済まなかった。


 あさぎの袖がくいくいっと引っ張られている。目を向けると、佐奈が何かを訴えていた。動いている口をじっと見つめる。


「”その当主の心の声、少しだけ聞いた。百鬼夜行は、計画の最後、畏怖の問題が、あっという間に、解決することって”」

 あさぎは、それをそのまま伝える。具体的には、と佐奈に聞き返すが、力なく首を振る。


「”これ以上は、分からない”」

 落胆の空気が流れたが、あさぎはそれを払拭するために立ち上がった。ここでへこんでなどいられない。


「そんなに大事なことなら、きっと本人も出てくるよ。調べよう、百鬼夜行が、何なのか」

「ああ、そうだな。手分けして調査だ」

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