行列―2

 それから少しして、凪も目を覚ました。正確には昨日の夕方に一度目を覚ましているらしいが、歌の影響でまだ万全ではなく、もう一度寝かせたのだという。


 あさぎと凪が揃ったところで、あの火事の日、何があったのかを全員に話した。まずは、あさぎがこっくりさんであること、狐の一員で、記憶喪失は解決したことを。


「まあ、あさぎがあのこっくりさんだったんですの! 驚きましたわ……! 後で、占ってもらってもいいですの?」


 普段から流行りの占いとしてこっくりさんをやっていた花音が、一番楽しそうな反応をした。寧々や他の皆からも、良かったねと声を掛けられ、心がほころんだ。


 それから、本題とも言える、凪のこと。混ざり子であることを理由に当主に虐げられ、無理やり間者をさせられていたことを説明した。そして、あさぎは黄昏座の皆に頭を下げて、懇願した。


「お願い、凪を追い出さないで」

「いいえ、あさぎ。体調もだいぶ良くなったし、わたしは出ていくわ。とんでもない迷惑をかけたんだもの」

 凪は、あさぎに頭を上げさせて、今度は自分が頭を下げた。


「この度は、父である蘭いわおの命令とはいえ、あさぎを危険に晒し、芝居小屋に甚大な被害を与えたこと、申し開きもございません。どんな処罰も受ける覚悟です」

「待って、凪のせいじゃない! ねえ、琥珀!」


 琥珀は、額を擦りつける凪の前に立った。強張った表情から、何を言うのか予想出来なかった。悪い予感さえした。

 琥珀は片膝をついて、凪に顔を上げるよう言った。


「凪」

「はい」

「この先も、黄昏座の役者として貢献すること。いいな」

「えっ……」


 凪は、目を点にして固まった。想定外だったようで、声も出ない。

 あさぎは、ほっとして琥珀を見つめた。少し複雑そうな表情をしつつも、目が合うと笑い返してくれた。


「なん、で。わたしを許すっていうの?」

 ようやく声が出た凪は、信じられないと声音で、表情で訴えている。


「許すも何も、怒りを向けるべきは火を放ったあのスーツの男、ひいては命令をしたその当主だろう」

「そうや、凪は巻き込まれた立場やよ」

「で、でも……」

 なおも納得しない凪は、双子を見つめる。難しい顔をしている二人は、凪の視線を受けて口を開いた。


「わたくしは、最初、何で裏切ったんですのとか、全部嘘だったんですの、って言ってやろうと思っていましたわ。でも、事情を聞いて、他人事には思えませんでしたの」

「僕たちは双子という生まれで、色々と言われてきました。近しいものがあります。ですが、以前、双子と比べて混ざり子を下に見る発言をしました。申し訳ありませんでした」

「申し訳ございませんわ」


 花音と雪音は、神妙な面持ちでそう言った。自分ではどうしようもない生まれによって受けて来た扱い、それを一番理解出来るのは、双子なのかもしれない。


 佐奈が、凪の前までそっと歩いて来て、手をぎゅっと握った。何度も口を開けて、閉めてを繰り返してから、小さな声が、聞こえた。


「……もっと、早く、言えば……ごめん。……出て、いかないで……」

「佐奈、声を……!」

 凪は反射的に佐奈を抱きしめていた。


 佐奈は、ずっと凪の心の声を聞いてきたのだ。無理やり間者をさせられていることも、黄昏座では心から楽しいと思って過ごしていたことも。思い返せば佐奈は、よく凪の傍にいた。自分がもっと早く言っていれば、こんなことにならなかったのでは、と責任を感じているようだ。


「さて、座員全員の意見を聞いたわけだが、これでも出ていくか?」

 琥珀が、凪にそう言った。凪はもう一度全員の顔を見回した。あさぎは、目が合った時に笑顔で頷いた。


「本当に、居ていいの……」

「ああ」


 凪は、消え入りそうな声で、ありがとう、と繰り返し口にしていた。

 花音が、悔しさを滲ませた声音で凪に問いかけた。


「凪さんは、その当主にやり返したい、とかは思いませんの?」

「わたしは」

 花音の問いに、凪は少し考えたが、首を振った。


「わたしはもう、ご当主様の顔を二度と見たくないし、声も聞きたくないわ。あの日、殺されかけたことで、ようやく解放されたの。皆と居られるなら、何もいらないわ」

「分かりましたわ。凪さんが嫌だと言っても、一緒にいますから」

「私も!」

 あさぎは、花音と共に凪に抱きついた。佐奈も一緒になってぎゅっと凪をどこにも行かせないと、抱きしめた。



「皆、俺は凪を責めるつもりはないが、蘭家の当主を許すつもりはない。相手が甲族だとしても、だ」

 落ち着いてから、琥珀が強い口調で宣言した。寧々や花音、雪音も頷いていた。

 そもそも、どうして巌は黄昏座を燃やしたのか。本殿に背いたからと言って、そこまでする必要があるのだろうか。


「ねえ、あの時言ってた、乗っ取りとか、百鬼夜行とかって、何?」

「百鬼夜行?」

「なにそれ」

 皆聞いたことがないようだった。だが、きっとここに黄昏座が巻き込まれた理由があるはずだ。


「わたしが知っている限りのことを話すわ」

 凪は、落ち着きを取り戻した、いつもの口調でそう言った。少し長くなるけれど、と前置きをして話し出した。

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