つむじ風―5


 数日後、あらすじが佐奈から伝えられ、衣装や小道具の作成が始まった。佐奈が脚本を書いているのと同時進行で作成も進む。芝居小屋は一気に慌ただしさが増した。あさぎは連日手伝いに追われていた。


「あさぎ、ちょっとこっちを手伝って欲しいですの」

「すぐ行く!」


 衣装部屋から顔を出した花音に呼ばれ、あさぎは廊下を駆ける。衣装部屋に入って、目に飛び込んできたのは、部屋中に布が散乱している様だった。


「わあ……」

 部屋では雪音が布に埋もれながら何かを探しているようだった。


「雪音くん、何を探してるの?」

「今回使う、ボタンを探してます。でも姉さんが布の籠をひっくり返してしまってこの有様です」

「なかなか見つからなくて、布に紛れているのではと思いましたの」


 花音が頬を膨らませて言い返しているが、勢いがないので、どうやら反省しているようだ。二人が作業を進めるにも、まずはここを片付けなくてはならない。


「じゃあ、片付けようか。決まった位置があれば、教えて」


 三人で布を整理していく。基本的には色ごとに分けて収納しているらしいが、一部は生地で個別に置いているものもあるらしい。一つ一つ教えてもらい、あさぎは布を片付けていく。

 布がある程度片付くと、新しい衣装が見えてきた。今回の芝居に使うものだろうか。


「花音ちゃん、これは」

「ええ。鎌鼬の芝居で寧々さんが着る予定のものですわ。まだ試作ですけれど」


 紺色のワンピース。スカートがふわりと円を描くように広がっていて、袖はすらりとまっすぐに伸びている。腰の部分には前掛けのような白い布が付いている。


「可愛い……」

「ふふ、嬉しいですわ。これは西洋の使用人、メイドの服を参考にしましたの」

「二人とも、手を動かしてください」


 雪音にたしなめられて、あさぎたちは再び片付けに戻る。ある程度片付いてきたのだが、探しているというボタンが見当たらない。


「ボタンは、箱か何かに入ってるの?」

「はい。青色の両手くらいの大きさです」


 雪音が両手で箱を抱える仕草をした。その大きさなら、見落とすことはないだろう。だが、整理された衣装部屋のどこにも見当たらない。


「どこに行ったのでしょう」

 あさぎは、青い箱、と聞いてどこかで見かけたような、そんな気がした。糸を手繰り寄せるように、青い箱を探す。


「あっ」

 思い出した。


「何か分かりましたの?」

「青い箱、受付で見たよ。花音ちゃん心当たりない?」

「受付ですの……? あっ、今日は急いでいましたから、裏口ではなく表玄関から入りましたわ。その時、一旦置いたような、気もしますわ」

「姉さん……」

 雪音が呆れたように、わざとらしくため息をついた。花音は、素直にごめんなさい、と呟いていた。


「じゃあ、私、取りに行ってくるね。二人は作業してて」

 あさぎは、受付に向かった。そこには確かに青い箱があり、中身を確かめたら、色とりどりのボタンが入っていた。これに間違いなさそうだ。


「おい、そこの」

「はいっ」


 突然、玄関の方から男性に話しかけられた。四、五十歳の男性は、黒い着物を身に纏って、訝しむようにこちらに視線を向けて来る。


「黄昏座ってのはここか。吉助が依頼したというのはここか。おい、どうなんだ」

「あ、えっと、そうです。あなたは……」

「俺は、その、あいつの兄だ。脚本やら衣装やら、見せてもらおうか」


 兄、というには年がだいぶ離れているようにも思えたが、こちらが口を挟む隙も無く、押しかけて来る。あさぎは、押し負けて誰もいない客席まで案内した。


「ここで、お待ちください。あ、水どうぞ。温かいお茶持ってきます」

「早く代表者呼んでこい」

「は、はい」


 あさぎは、裏へ急いで、寧々を探した。先に衣装部屋に寄ってボタンを渡そうと部屋を覗いたら、双子に加えて寧々もそこにいた。急いで事情を話した。


「お兄さん? 依頼の時に確かお兄さんから助言を受けて来た、みたいなこと言うてた気がするけど、そのお兄さんやろか」

「でも、なんか雰囲気が……」

「まあ、行くしかあらへんな。雪音くん、試作の衣装持ってきてくれる?」

「分かりました」


 寧々と雪音と共に客席まで戻る。男性はイライラした様子で、あさぎたちの姿を見た途端音を立てて床を蹴り、立ち上がった。


「遅い!」

「あたしが支配人代理です。上演前に脚本をお見せすることは出来まへん。衣装やったら、少しだけお見せ出来ます」

「こちらで――」

 雪音が言い終わる前に、突風が吹き、ワンピースが風に巻き込まれた。その隙に男性がこちらに突進してきた。


「!?」

 あさぎが驚いている間に、ワンピースの袖に、鋭い刃物による裂け目が出来ていた。雪音は、咄嗟に身を引いた。そのおかげでそれ以上の裂け目は出来なかった。


「何してるん!」

 寧々の鋭い声がした次の瞬間、男性は後ろ手の状態で床に押さえつけられていた。猫又の第六感である瞬間移動かと思うほどの素早い動きで、男性を取り押さえたのだ。


 着物から出ている男性の腕からは、刃物のようなものが飛び出している。これが鎌鼬の第六感。鈍く光る刃に、あさぎは思わず身震いした。


「雪音くん」

「はい」


 雪音は、男性に出されていた水の入った湯呑を持つと、寧々が抑えている男性の両手首にかけた。パッと寧々が手を離した瞬間、水は冷気を放ち、凍り付いた。水を一瞬にして氷に変えた。これが雪音の第六感。男性は力いっぱい氷を引きはがそうとするが、びくともしない。

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