睡蓮の花―6



 夕方、芝居小屋の中は慌ただしくなった。衣装の調整があるのに、花音と雪音が学校から帰るのが遅く、てんてこ舞いだった。琥珀や寧々、凪も手伝いに入っている。


「なんでこんな時に先生の話が長いんですの、もう」

「今更言っても仕方がありませんよ、手動かしてください。姉さん」

「分かっていますわ」


 寧々が着る予定の花魁の衣装が一番複雑で、大変そうだった。簡単に羽織っただけでも、艶やかで一気に華やかになった。


 先ほど、どら焼きを食べながら今日の芝居のあらすじを聞いた。


 遊郭を舞台として、付喪神である花魁と人間の若い客との悲恋の物語。花魁はかんざしの付喪神で、決して結ばれない恋に身を焦がす。花魁に付いている見習いの少女である禿は、そんな二人の間を取り持つ繋ぎの役をしていたが、禿は密かにその客のことを好いている。だが、自分のことを大事にしてくれる花魁のことも大好き。花魁と客は想い合っているが、立場や時間によって引き裂かれてしまう、という結末だ。


 花魁を寧々、客を雪音、禿を花音が演じるという。物語の中心となるのは、花魁と若客だが、その役どころから禿の人気も高いらしい。


「あさぎ、悪いが受付をしてくれないか」

「えっ、私が!?」


 琥珀が、手を動かしたまま、首だけこちらを向いている。忙しいのは目に見て分かるが、あさぎが受付をしてもいいのだろうか。ここの座員でもない、あさぎが。


「佐奈さんと一緒に、頼む。切符を持っているか、確認するだけだ。終わったら、約束通り、芝居は見せてやれるはずだから」

「”お願い”」


 佐奈にもお願いされてしまった。話すことの出来ない佐奈の手伝いをして欲しいということか。良くしてくれた皆が困っているのだから、断る理由はなかった。


「分かった。やる」


 受付に移動して、あさぎは緊張しながらそこに直立した。表玄関と、席との間の空間に、あさぎの腰ほどの高さの台があり、その前を観客たちは必ず通ることになるのだ。


「”まだ、お客さん少ない、緊張しないで”」

「う、うん」


 佐奈の言う通り、まだ開演には時間があるため、客の姿はまばらである。緊張を解そうと思い、今日の芝居のことを聞いてみる。あの話も佐奈が書いたというから。


「どうやって、話を思いついたの?」

「”遊郭、付喪神、は初めから決まってた”」

「そうなんだ」

「”花魁は、寧々さんしか、いないと思って、書いた”」

 控えめに微笑む佐奈は、楽しそうだ。書いた物語のことを話す機会もあまりなかったのかもしれない。


「”脚本から、皆読み取ってくれる”」

「そっか。素敵な仲間だね」

 花魁の衣装を身に纏った寧々を見るのが楽しみだ。きっととても綺麗だろう。


「私も何年かしたらあんな風になれるかな……そもそも記憶思い出さなきゃだけど」

「”二十年くらい、かかるよ”」

「え?」

「”あっ”」


 読唇術でなくとも、佐奈がしまった、というように口を動かしたのが分かるだろう。佐奈は口をもごもごとさせた後、佐奈が言ったって内緒ね、と念押ししてから教えてくれた。


「”寧々さんは、今年三十五歳”」

「え! 嘘!」


 寧々は、確かに琥珀たちよりも年上だろうと思っていたが、どう見ても二十代だった。憶測で年齢を判断してはならない、肝に銘じておこう。そうなると、急に他の者たちの年齢も気になってきた。もしかして、勝手に年上に見ていたりその逆があったりしないだろうか。自分が何歳なのかも覚えていないから、外見から十六くらいだろうと目算していたが、それも自信がなくなってきた。


 無言で佐奈を見つめると苦笑いをされてしまった。これは、肯定だろうか。


「”琥珀さんと凪さんは、十七歳。花音さんと雪音さんは、十四歳。佐奈は……十九歳”」

「十九! 小さくて可愛いからつい、ちゃん付けで……ごめんなさい」

「”ちゃん、でいい。可愛いから”」


 佐奈は少し頬を赤くしながら、笑みを見せた。本人が嫌がっていないのならと、このまま呼ぶことにした。

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