第7話 回想 ③生まれ変わる

 もうひと眠りした後、再び目を覚ますと、辺りは真っ暗でした。僕がルイに助けられた日の、次の日の夜になったようでした。部屋には明かりが全くなくて、しかも厚いカーテンが掛かっていました。僕は、暗闇の中に独りでいたのです。それでも、驚いたことに、以前の僕と比べて夜目よめが利くようになっていました。完全なる闇の中、僕の視界は、はっきりしていたのです。不思議な感覚でした。


 静かにドアが開いて、ルイが部屋に入って来ました。その手には、火のともった蝋燭ろうそくがありました。彼は、ベッドの上で身を起こした僕を見て、にっこりと笑いました。


「シン、目覚めたんだね。一応、蝋燭ろうそくを持って来たんだよ。私たち種族は、暗闇でも不自由しないけれどね。念のためにね」


 そして、ルイは「ここは、これからはシンが使うことになるから」と言って、部屋中を案内してくれました。大きなクローゼットの中には、仕立ての良い上品な洋服がたくさん掛かっていました。僕が着るための服なのだと言ってくれました。広い洗面所もあり、ここで沐浴もできるようになっていました。


「シン。君はこれから、ここで私たちと一緒に暮らすことになる。私が君を助けた時から、そのことは決まっていたんだ。日本には戻れないよ。君には悲しいことかもしれないけれど」


「戻れないのですか?どうしてですか?僕の怪我はすっかり良くなったのに。デュポンさんとラヴァンさんに、僕が無事であることを知らせなくては。きっと心配しています」


 ルイは、少し困ったような、悲しそうな表情で僕を見つめました。そして、1度、深呼吸をしてから僕を真正面から見据えてゆっくりと話し始めました。


「シン。君はとてもひどい怪我をしていた。それが、たったの数時間で跡形もなく治った。普通じゃないと思わないか?」


 確かに、常識では考えられない程の回復力でした。医者に診てもらった訳ではないし、それに、僕は出血がひどくて意識が朦朧もうろうとしていたのです。こんなに元気になるなんて…。一体、僕の身体に何が起こったのだろう。


「シン、君は吸血鬼になったんだ。私が君を吸血鬼にしたのだ。あの場で君を助けるにはそれしか方法がなかった。私は、ドラキュラ伯爵だ」


 吸血鬼…。聞いたことはありました。人間の血液を吸って生きる者たち。でも、それは伝説というか、半ば、おとぎ話のようなものだと思っていました。まさか、現実に存在しているヒトたちだったなんて。自分が、そうなってしまっただなんて…。


「ルイ、僕はこれから一体どうすれば…。どう生きれば…」


 ルイは、動揺している僕に理解を示してくれました。とても辛抱強く、吸血鬼としての生き方を説いてくれました。


 まずは、デュポンさんとラヴァンさんについて。


 彼らは、きっと僕を探すだろう。捜索隊を雇って、必ず僕が落下したあの場所を見つけ出すことだろう。その時、僕を発見出来なければ、諦めずに永遠に捜索を続けることになる。

 だから、ルイは、僕の血溜まりはそのままにして、片方の靴と洋服の切れ端を残していったとのことでした。その時、引きずられたような跡をつけておいたようです。そうすれば、大怪我をした僕が、野生の動物に襲われて喰われてしまったと印象付けることが出来るからです。僕の遺体が見つからなくても、デュポンさんとラヴァンさんは、僕の死亡を受け入れざるを得なくなる。そして、日本の僕の家族にも、僕の死が伝えられることになる。


 僕は、死んでしまった…。


 次に、毎日の生活について。


 太陽の光に当たってはならない。もし、日光を浴びてしまったら、焼けて灰になってしまうので細心の注意が必要だとのことでした。でも、身体が自然と夜に活動するように変化しているので、極度に恐れる程のことでもないと、ルイは言ってくれました。眠る時は、朝日が入らないよう気を配らなければならないが、カーテンをきちんと閉めれば日光はさえぎることが出来るから大丈夫とのことでした。屋敷の周りも高い木々で囲まれているから、太陽の光は入りにくいようです。だから、言い伝えられているように、ひつぎの中で眠る必要はないみたいです。「狭くて、息苦しいから快適ではないよ」と、ルイは笑っていました。

 夜の時間は自由に好きなことをして過ごせば良い、とルイは言ってくれました。


 食事について。


 基本の食事は人間の血液を吸うことである。でも、無闇に人間に襲いかかることは禁じられている。これは、同種族が増え過ぎて将来的に食糧危機に陥る危険が伴うし、何よりも、ヒトが失踪したり失血死したりする頻度が増えれば、いずれ、自分たちが疑われることになるので良くないとのこと。

「食料の調達は、私1人に任せて欲しい」

と、ルイは重々しく言いました。食事は1年に2〜3度で充分で、1人の人間の血液を、この屋敷の住人全員で分け合うとのことでした。

 ルイは、こう続けました。

「普段はね、普通の人間の軽食を取ったりすることもあるんだ。まぁ、コミュニケーションのためだけどね。お茶会みたいな。でも、私たち種族にとって必須の食物といえば、薔薇ばらだ。血液への渇望を抑える働きがあるんだよ。だから、毎日、ローズウォーターを飲んだり、紅茶に薔薇のジャムを入れたりして摂取しなければならない。精神的に落ち着くんだよ」

 吸血鬼と薔薇…僕にとって意外な組み合わせでしたが、何だか洒落ていると感じました。


 屋敷の住人について。


 この屋敷には、ルイ以外に5人が暮らしているとのこと。ルイの従姉妹いとこのシャルロット、ルイの遠縁のヴァンサン、ルイを慕うミナ、身の回りの世話をしてくれるマリーとジャン。マリーとジャンは夫婦のような関係をずっと築き上げて来たので例外であるが、屋敷内の誰と恋愛関係になっても問題ないとのこと。

「恋の相手が変わっても、元のさやにに戻っても気にしないで欲しい。もちろん、性別も問わない。私たちは子を成すことができないのでね。昔は違っていたようだが。私たちの長い人生の中で恋愛は彩りなんだよ。くれぐれも、強すぎる独占欲は控えてほしい」

と、ルイはさらりと言いました。


 引っ越しについて。


 同じ場所に永遠に住み続けることはできない。何故なら、吸血鬼はいつまでも外見が変わらないから。ずっと若いままでいると、不気味がられ怪しまれる。だから、定期的に住む屋敷を変えるのだという。

「ヨーロッパ中に屋敷を持っているんだ。たまには都会に住むこともあるけど、ほとんどが森の中の人目につかない場所で生活している。人間たちとの交流には、細心の注意が必要だからね。引っ越しは面倒だと感じることもあるけど、まぁ、気分が変わって楽しいよ」


 僕は、ここでやっと、もう日本へは帰れないことを受け入れることができたのです。複雑な気持ちでしたが、腹をくくるしかありませんでした。

 



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る