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一九三八年(昭和十三年)一月――。
戦艦〝
まあ、一度進水式をしていることもあったのであろう。
それに〝駿河〟を改装した姿。特に四六センチ砲を搭載した本来の姿は、あまり諸外国に見せたくはなかったこともある。
海軍の仮想敵国であるアメリカには特にだ。それだけではない。ここに来てイギリスも仮想敵国と認識しはじめていた。
下手に公にしてしまうと、両国が同様の砲を搭載した艦艇を造りかねない。
アメリカにはパナマ運河の制限がある。四六センチ砲搭載艦を建造した場合、巨大になり過ぎてパナマ運河が通行できない。そのため、アメリカからの登場は難しいと思われた。だが、大海洋国家を名乗るイギリスはどうか分からない。
そこはやはり黙っていることが一番であろう。
そのため、戦艦〝駿河〟の主砲は、正式には〝九四式四〇センチ砲〟と称して、本来の口径は極秘扱いにされた。その正体を知っているのは、一握りの人間だけだと言っていい。
すべては、満州の原油のため。
しかし、イタリアとイギリスの関係は、きな臭くなってきていた。
これもイタリアが始めたエチオピア侵攻の為だろう。
かの国がエチオピアに侵攻した経緯は省くが、またしてもイギリスが顔を出してきた。スエズ運河の通航料の引き上げ等圧力を加えてきたのだ。
これは原油事業に直結する重大な問題。これまで日本は、一貫して自由な貿易を求めていた。だが、国際連盟を脱退した身では、国際社会を動かすことは出来ない。
そこで、新たな国際組織を作ろう、という話が上がってきた。
まずは、日本とイタリア間での日伊同盟が一九三六年に締結。その翌年には、ドイツも加えた日伊独三国同盟へと進んでいった。
米英仏とは別の国際組織が誕生したのだ。
当初はドイツと先に手を結ぼうとしていた。しかし、日本政府はヒトラーよりも、ムッソリーニの方がまともに見えたようだ。
結局は、原油取り引きの仲介相手でもあるイタリアを立てたことになる。
話が少しそれてしまった。
戦艦〝駿河〟の話をしよう。
土佐沖に〝彼女〟の姿はあった。完成していると言っていいだろう。
改装によって、最大排水量四七五〇〇トン。全長二七三メートル。最大幅三二メートル。
前方から四六センチ砲の一番砲塔、二番砲塔。
前部艦橋は高雄型
煙突の横には副砲である六〇口径一五・五センチ連装砲塔を各一基ずつ。
続いてあるのは、航空武装だ。主砲の爆風に耐えられるよう箱形になっているのが特徴で、上部は飛行甲板。航空機をその内部にエレベータで収納するようになっている。
その周りには
アンテナと後部艦橋を挟むように、航空機発進用のカタパルトがある。
最後は、四六センチ砲の三番砲塔、四番砲塔だ。
彼女とほぼ同時期に再建・改装をしていた二番艦〝常陸〟も、同様に完成間近で、残りは各種試験を終えるのみとなっていた。
今回の〝彼女〟の予定は艦船公試でおいての、クラッシュ・ストップ・アスターン試験と呼ばれるものだ。
全速前進から、中立、全速後進とし、急停止させるテストである。
機関やタービンなどが壊れることを覚悟で急停止しなければならない場面を想定しており、軍艦としては切っても切れないだろう。
艦長(艤装員長)は大島大佐。前日の全速航行試験で〝彼女〟は、三〇・五ノットを記録していた。予定していた速力を出したので、まずまずであろう。
今日の試験も問題なく終了すると思われていた。
しかし、午後になり予定では最後の試験の時であった。
『――機関部より、ボイラー異常!』
「異常とは何か、正確に報告せよ」
艦橋内は落ち着いていた。
続いて入ってきたのは、別の場所からの報告であった。
『――第三シャフトより、浸水あり』
『――タービンより異常音!』
壊すつもりでの試験ではあるが、本当に壊れてしまうのは軍艦として欠陥を抱えていることになる。まあ、欠陥を見つけることが試験の目的なのだ。
就役前に見つけられたことは御の字だろう。
「
副長が手順通りに対処する。
『――機関部より、ボイラー配管に亀裂あり。高圧蒸気が噴出中』
遅れていた機関室の情報が上がってきた。
高圧高熱の蒸気は爆弾になりかねない。内部に充満している蒸気を排出しなければ……。
すでに副長の姿は、応急作業指揮のために後部艦橋に移動している。
艦長は機関部の続報を、彼も受け取っているものと思った。命令が二重になると混乱を生じると、蒸気の排出指示を出さなかったのだ。
そして、蒸気排出がまだかと待ちわびていた。しかし、一向に行われない。
(もしかして、命令が出されていないか?)
艦長が気づいた瞬間、後部から勢いよく水蒸気が上がった。
呉に帰って調査してみると、やはり蒸気の排出指示はどちらも出されていなかった事が分かった。艦長のいた前部艦橋には報告が届き、移動中であった副長には届かなかったのだ。
そして、その間にも高圧高熱の蒸気が機関室内に充満し始め、機関部員には負傷者も出ていた。それを命令が届かないのを不審に思った者が、独断で蒸気を排出したのだ。
ダメージコントロールでおける情報伝達の問題は、さらなる研究で解決することなった。
問題は機関部のボイラーとタービン、シャフトの故障原因だ。
ボイラーの故障の原因は腐食による配管の破損。再建造までの合間、数年放置していたことが原因であろう、と推測された。
第三シャフトには僅かながら歪みがあったようで、軸受けを傷つけていたようだ。数度の過負荷試験に限界へ達したようで、そのために浸水し、無理な力が加わりタービンの羽が破損した。
これにより、戦艦〝駿河〟は再びドッグに逆戻りして待った。
海水を抜いて、歪んだシャフトを交換せねばならない。破損したタービンも、腐食したボイラーの配管も交換せねばならない。
あと二ヶ月ほどで就役を予定していた。それがここに来て遅れることになったのだ。
「責任は自分にある」
艦長である大島大佐は、就役に向けてのスケジュールを再度組み立て終わると、そう言葉を残したという。
その後まさか大佐が亡くなるとは、思いもよらなかったことだ。
彼の死亡原因は病死とされたが、戦艦〝駿河〟の事について、責任を感じて自殺したのでは、ともっぱらの噂になった。
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