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 一九三六年(昭和十一年)一月――。


 白鳥造船大尉の姿が再び呉にあった。

 一ヶ月ほど前に突然ドイツから呼び戻された。

 行けと言われて、逃げるようにシベリア鉄道に乗ったのは、一〇ヶ月ほど前だ。

 そして、戻ってこいと命じられて日本に帰ってみれば……再び呉工廠勤務を命じられた。

 そこで聞かされたのは、駿河型の建造再開および大改装だった。

 しかも、末端の方にいる中尉には知らされていなかったが、この戦艦には設計時からある仕掛けが仕込まれていたのだ。

 それは同時期に設計された最上もがみ二等巡洋艦軽巡洋艦に仕組まれていたものを、さらに発展させたものであった。

 最上型は条約失効後を見越して設計が行われ、二〇・三センチ連装砲塔に換装する事を前提に設計された艦体に、新設計の一五・五センチ三連装砲塔を搭載して竣工させたのだ。

 駿河型にも、その仕掛けがしてあった。

 最上型と同じく、ワンランク上の砲に換装する事を前提に設計されていたのだ。

「これを見越していたのか? 一体誰が――」

 駿河型の場合は、四〇センチ三連装砲塔を、四六センチ連装砲塔に載せ替える事を見越していた。ただし、防御面においては、船体の形状などから推測されてしまう。そのため、通例――自分の攻撃に耐えられること――に反して、防御面は対四〇センチの装甲になっていた。しかしながら、ここも通例――重要区画のみの防御――とは反し、故藤本造船少将が研究していたドイツ式の船体全体防御によって、打たれ強さも兼ね備えていたのだ。

「四六センチ砲の搭載を見越していたとは――」

 白鳥はその仕掛けに、少々呆れた。

 四六センチ砲とは……白鳥自身が子供のころに聞いた、八八艦隊計画時に搭載予定だった世界最強砲。その砲は、搭載予定だった十三号型巡洋戦艦のために、すでに製作技術は確立しているという。だが、三連装を連装にするとなると、六門しかない。

 攻撃力は最強かも知れないが、六門では心許なく感じている。

 しかし、その答えも用意されていた。

 艦尾を三六メートル延長し、全長を二七三メートルとしたところで、新たに主砲塔を追加する。ただ、伸ばしただけではない。新たに延長したことにより主砲塔以外にも、主機関と航空戦力の増強も含まれていた。

 予定ではこの機関強化により、三〇ノットという高速戦艦に生まれ変わる。

 最強の四六センチ砲に、快速を手にし、まさに世界最強の戦艦になるのだ。だが、駿河型戦艦の再建造と改装において、いろいろとドイツ式などの新方式が盛り込まれている。各工廠では新方式で勝手が分からないところがあった。

 そのために、ドイツに留学させていた者を呼び戻したのだ。

 白鳥造船大尉も短期留学であったが、その中のひとり。

 人為不足は歪めない。友鶴事件、その翌年にあった第四艦隊事件――演習中に台風に遭遇した同艦隊に被害が及んだ事件――で、故藤本造船少将の関係した人員が処分されたため、手が付けられなかったこともあった。

 何せニクロム線こと、平賀譲造船中将(予備役)が、さじを投げたのだ。両事件での処理で手一杯であり、駿河型にまで手が出せないでいた。

 そこに僅かに残っていた藤本造船少将シンパが、ならば、と入り込んできたのだ。

「木戸が言ったように、まだ終わっちゃいない。必ず、お前を誕生させてやる!」

 白鳥の子供の頃見た夢を、現実になろうとしていた。

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