3・復活の鉄槌

○△□

 一九三五年(昭和一〇年)七月――。


駿する型戦艦について、意見がある」

 高度技術会議を前にして、山本五十六海軍航空本部長は、そう切り出した。

 意見がある、とは言っているが話の内容は反対表明だ。

 日本は、国際連盟脱退を契機に、軍縮条約からも脱退を表明した。ずっと我慢していたのを弾けるかのように、軍拡に舵を切ったのだ。

 そこでまずは手始めに、主力艦の建造再開となった。

 幸か不幸か、各工廠や造船所の目の前で錆び付かせているのは、大型ドッグの空き待ちをしていた駿河型の船体だ。

 必然と新型戦艦の再開に乗り出す、と思ったところで、山本航空本部長が現れた。


 時代遅れの戦艦など辞めてしまい、船体を利用して航空母艦を建造すべし。


 山本航空本部長の主張を要約するとこうなる。

 駿河型戦艦の前期二艦〝駿する〟と〝常陸ひたち〟は、進水式は済んでいたが、上部構造はまだ手付かずのところが多い。後期二艦〝〟と〝わり〟に至っては、まだ進水式が執り行われることもなく、ドッグを空けるために艀に乗せられ、出されたままだ。だったら、この船体を利用して飛行甲板を追加し、航空母艦にすべし。戦艦、巡洋戦艦から〝あか〟や〝〟が、航空母艦へと生まれ変わった実績があるのだから、問題はあるまい。と、主張したのだ。

 これには強い反対意見が湧き上がった。

 戦艦を未だ主力と考えている者が中心であった。

 しかし、山本の人望は厚く、次期主戦力として航空機に期待する者も多い。

 折中案で、前期二艦を戦艦に、後期二艦を空母にと言うものも上がった。が、結論が出ず、最終的に軍令部総長の伏見宮博忝王の仲裁で決着を付けることとなる。

 そこで、戦艦として駿河型を四隻とすること。そして、旧式化していた金剛型戦艦の改修による空母化が提案された。

 大艦巨砲主義論を立てたように見えるが、空母が未知数であったこともある。

 それに悲しいかな、満州の原油事業がなかなか儲かっていなかった。

 まあ、公に原油を買ってくれるのが、ドイツとイタリアぐらいしかない。ソ連も買い取り先ではあったが、仮想敵国としている陸軍が難色を示しているので大量販売には至っていない。それに原油を売っても、ガソリンなどの製品には加工料が加わってくる。加工施設を自前で持つための設備投資にも金が掛かっている。

 結局、日本は相変わらず貧乏であり、予算の面で逼迫していたのだ。

 そこで政府からは、陸海の軍事予算削減を求められていた。

 駿河型を四隻揃えたとすると、戦艦と名の付くものが一二隻にもなってしまう。予算削減を迫られているところに、戦艦の建造予算など下りることはない。

 考え出されたのは、戦力の更新として予算を申請する。つまり、旧式化した金剛型を廃艦とするから、代わりに駿河型の建造予算を出してくれ、というものだ。

 元々、駿河級は金剛型の代艦として計画されたものだ。それは後で思えば、方便だったかも知れないが、本当にそうしてしまおう。そして、金剛型を廃艦にするとは言ったが、船体を再利用して改装、空母化してしまおうと言うことになった。

 金剛型の〝はる〟と〝きりしま〟は、新造艦の置き換えの予定であったので、一九二〇年代後半に改装されたままだ。〝こんごう〟と〝比叡ひえい〟は、ジュネーブ軍縮会議の結果、練習戦艦として保有していた。

 上部構造を撤去して、機関をすべて重油専焼缶に変更。戦艦では無くなるので、装甲も最小限にするとなれば、三〇ノット以上の高速空母も夢では無い。


 この計画を提示されて、山本航空本部長は一瞬、黙ってしまった。

 数なら求めていた空母が揃う。だが、旧式艦の改装というのは……と、葛藤があったのであろう。


 近いうちに、新造艦としての空母の建造を約束するのであれば――。


 山本航空本部長はそう締めくくった。

 これが後に、第四次海軍軍備補充計画――④計画――において、三万トン級正規空母(翔鶴しょうかく型航空母艦)の建造を約束させたと言われている。

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