第13話
「沢崎くん、現実から目を反らすのはやめたまえ。これは特撮映画やアニメじゃないんだよ」
沢木が冷たい目で告げると、
「はは……」
俺は力なく笑った。
「君が蹴り飛ばした犯人達が街路樹にひっかかってしまって、
僕はそれらを降ろすのに一苦労だったんだ。少しは感謝してほしいものだね」
「そう言われても俺はあの時夢中で、
まさか相手がそんなことになってるなんて思わなかったんだ。
なんだかとても嬉しい気持ちになって、軽いノリで蹴り飛ばしてしまっただけだから」
「沢崎くん、君は軽いノリで人間が数十メートル上空まで
蹴り飛ばされることがあると思うのかい? どう考えても人間技じゃないよ」
「そう言われるとそうだな。まぁ、いずれにしても、
沢木のおかげでその辺は誰にも知られずに済んだって訳だ。ありがとうな。
以後気を付けることにするよ」
店員がコーヒーを持って来ると同時に、俺は伝票を手にして席を立った。
「お、おい。沢崎くん、どこへ行くんだ?」
「大体知りたかったことは聞けたよ。もう充分だ。
大人しくしていれば、今後は普通に生活できるってことだもんな。
そろそろ会社へ行かないと遅刻してしまう」
俺は沢木の顔を見ずにレジへ向かって歩き始めた。
「沢崎くん、それで済むと本当に思っているのか。君はもう引き返せないところにいるんだ。
バッタマンとして覚醒してしまった以上、もう普通の生活なんて送れないんだよ。
君の使命を果たす時が来たんだ」
沢木が焦ったように俺に向かって言うと、俺は少し振り返りながら、
「沢木。俺は正直バッタマンなんてものに興味はない。
昔、巨大バッタにも次世代のバッタマンがどうとか言われたが、それもどうでもいい。
草むらに入ると幸せになる。そんな生きがいを貰えたことに感謝はしているが、
それ以外のことに関心はないんだ。水原さんも助けられたし、今後はこんな気味の悪い力を使うこともない」
と、無感情に答えた。
「沢崎くん、君は全然分かっていない。今やバッタマンはこの地球上で君一人だけなんだぞ。
これがどういうことなのか、その意味が……」
「なら、お前がなればいいじゃないか」
沢木の言葉を遮って俺は言った。
「な、なんだって?」
「さっき、お前言ってたよな。僕は言わばその成りそこないさ。って。
それって、お前もバッタマンになろうとしたってことじゃないのか?
だったら、なればいいじゃないか。お前がそのバッタマンに」
俺がそう言った瞬間、
「……れば……なっている」
不意に沢木が小さな声で囁くように言葉を発した。
「ん、今何て言った……? ……まぁ、いいや。
どっちにしても、俺はもうこういうことに関わりたくはない。
どうしてもってことなら、お前が一人で頑張るんだな」
俺がそう言って再び出口へ向かって歩き始めると同時に、突然ガタン!! と背後で大きな音がした。
思わず振り返ると沢木が立ち上がっていて、
その足元に真っ二つになったテーブルの残骸が転がっていた。
「お、おい。まさかそれ、今、お前が……?」
「……こんな程度では足りない。僕は……僕には、君のような適性が無かったんだ。
そうだよ。本来なら君になんか頼みたくはない。僕がバッタマンになってさえいれば……」
沢木の顔からはいつものニヤケ笑いが完全に消えていて、
心底悔しそうな苦虫を噛み潰したような表情になっている。
そして不意に両の目から涙を流し始めた。
「いいか。君は逃げられないし、逃がさない。必ずバッタマンとしての使命を果たさせる!!」
そう言うと沢木は手元から伝票を奪い、
呆然としている俺を置いて、あっという間に清算を済ませると喫茶店から出ていってしまった。
その間、テーブルが破壊されたことに気が付いた客が店員を呼び、
後に残された俺が否応なしに犯人扱いされてしまい、警察を呼ばれかけた。
だが、土下座をして弁償すると必死に約束したことで事無きを得て、
ギリギリで器物破損の前科持ちにならずに済んだ。
沢木が俺の尻拭いをした代わりに、今度は俺が沢木の尻拭いをすることになってしまったのだ。
「あいつ……何でそこまで……」
遅刻の言い訳を考えながら、俺は仕方なくトボトボと会社へ向かって歩き始めた。
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