第11話

 目が覚めると、俺は公園のベンチに横になっていた。

 チチチと鳥の声がして木漏れ日が眩しい。しかし――。


「な、何だ?! どうして俺はこんなところに?! た、確か俺は、水原さんを助けて、その後……

 ――っ?! そ、そうだ!! あ、あいつ……!!」


 ベンチから飛び起きた俺は腕時計を見た。9時30分を回っている。

 会社から程近いこの公園からなら、始業の10時までには充分間に合う時間だったが、

俺は居ても立っても居られずに走り出し、急いで会社へと駆け込んだ。

 自らの部署へ向かうと、女子社員達が何やらザワザワと騒いでいる。


「ねぇ、見た? 今朝のニュース」

「見た見た、凄いよねー」

「沢木さんがいて、本当に良かったね」


 一体どういうことなのかと、俺が呆然としていると、

「おいおい、沢崎。どうした、そのボロボロの姿は? まさか、飲み過ぎて路上で寝てたのか?」

 と、後ろから声をかけられた。


「あっ!……部長!! お、おはようございます!! こ……これは、その」

 俺は埃だらけでしわくちゃになったスーツを直しながら答えた。

 部長は誰にでも気兼ねなく接してくれる良い人で、俺にも気さくに話しかけてくれる。

 

「まぁ。お前も色々と大変だろうが、程々にな」

 ポンポンと俺の肩を叩き、デスクへ向かおうとする部長に俺は思わず、

「あ、あの、部長。何だか皆が騒がしいようですが、何があったのですか?」

 と尋ねた。


「ああ、そうか。お前、外で寝てたから、新聞もテレビも見ていないんだな。

簡単に言うと昨日の終業後、そこの公園で水原が暴漢に襲われてな。

しかし幸い、その場に居合わせた沢木がそいつらを撃退して事無きを得たんだよ。

それがニュースになっているんだ」


「な、何ですって……?!」


「だから、もしかすると、お前も危なかったのかもしれんぞ。寝てる間に身ぐるみ剥がされなくて良かったな。

沢木に礼を言っておいた方がいいぞ」

 部長のその言葉を最後まで聞くことなく、俺の頭は真っ白になってしまった。

 

 ――その日、水原さんは念の為の検査入院、沢木も警察の事情聴取の為に会社を休んだ。


 俺が水原さんを担いだまま我を忘れそうになったあの時、声をかけてきたのは間違いなく”沢木秀一”だった。

 奴の声を聞いた瞬間、俺の意識は急激に重たくなってそのまま気を失ってしまったのだが、

しかし、考えてみれば、あいつは公園で暴漢に襲われた際に気絶していた筈なのだ。

 仮に目を覚まして追いかけたとしても、車はすでに公園から大きく離れていて、普通に走って追いつけるものではない。


「あいつ……何者なんだ……」



 終業後、自宅へ戻った俺は、新聞を始めネット上のニュースサイト等、

事件に関連ありそうな情報を片っ端から調べた。


 警察によると、捕まった男達は化け物に襲われた等と証言していたが、

全員が覚せい剤所持の麻薬常習者であった為に、それらは薬の副作用による幻覚症状だと見なされていた。

 結果、車に乗り込み犯人達を気絶させ、水原さんを救出したという沢木の証言が、

目を覚ました水原さんの証言と状況証拠に矛盾しなかった為、この事件の真相ということになっていた。


「何が目的なんだ。俺のやったことを、自らの手柄にしたかったとでもいうのか……?」


 次の日、俺はいつもより早めに起きて会社へと向かった。

 社内に人が溢れる前に確かめておきたかったのだ。

 そして――それは向こうも同じようだった。


「やあ、沢崎くん。おはよう。待っていたよ」

 沢木は俺が来るのをあらかじめ分かっていたかのように、既に会社の前で待ち構えていた。


「沢木……どういうことなのか、説明してもらいたい……」

 穏やかに笑みすら浮かべている沢木の顔を睨みつけながら、俺も静かに告げた。

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