第10話

《た、楽しいーー!! 楽しすぎて、か、身体が勝手に――!!》


 男達の車から気絶している水原さんを助け出した俺は、

彼女を肩に担いだ状態で、夜の公道を飛び跳ねるように移動していた。

 止まりたくても止まれない。

 気持ちが躍動して、世界中が黄金色に輝いている。

 これ以上ない極楽浄土の真っ只中を、俺は力一杯激しく跳ね回っているのだ。


 あの時……水原さんが男達にさらわれた瞬間、足元に落ちた木の葉っぱ。これが全てだった。

 俺は、躊躇うことなくその葉っぱを、そして周辺に生えている他の木の葉までもを無造作に食い散らかした。

 雑草生い茂る、あの空き地の中にいる時のように、本能にその身を任せた。

 するとその瞬間、俺の中から恐怖や迷い、心に内在していたあらゆる全てのネガティブな感情が吹っ飛んで、

世界が明るく輝きだしたのだ。


 俺の身体はバネ仕掛けのように跳ね上がり、一瞬で男達のいる車の止めてある場所へ着地すると、

そのまま車体にしがみ付き、身体を激しく揺さぶった。

 車が走り出すとしがみ付いているだけでは物足りず、天井に乗って激しく跳ね回った。

 勢いが付きすぎて足が車を突き破ると、そこからハイテンションに拍車がかかり、

開いた穴の端を一瞬で蹴り拡げて車内へと飛び込んだ。


 中にいる男の姿を確認した俺は何故か嬉しくなって、

反射的に天井の穴へ向かってそいつの身体を蹴り飛ばしてみた。

 すると男は一瞬で空の彼方へ吹き飛んで姿を消したが、俺はそれだけでは全く物足りず、

残った男達を同じように穴へ向かって次々と蹴り飛ばした。

 身体が激しく疼いて決して止まることを許さないのだ。

 もはや理性が殆ど吹き飛んでしまって、喜びと快楽に身を任せていた俺の心を繋ぎとめたのは、

気絶して横たわっていた水原さんの姿だった。

 それがなければ運転席にいた男までもを蹴り飛ばし、車はどこかにぶつかり大破していたに違いない。


 彼女を助けなければという微かに残った使命感が、俺の理性をギリギリの所で繋ぎ止めたのだ。



《うっ!! ううっ!! ううううっ!! うえっ!! うえっ!! うえっへぇぇぇぇーーーー!!!!》


 だが……だが、しかし――繋ぎ止められた理性が今再び吹き飛びかけている。

 彼女を救えたという安堵が、そのまま快感へ直結してしまい、

再びハイテンションの極楽浄土の嵐の中へと俺の精神を叩き落としてしまったのだ。

 もはや誰にも止められない。

 俺はみるみる加速して、いつの間にか横を走る自動車すらもスローに見えるようになっていた。

 向かい風がどんどん激しくなるが、それすらも心地よく感じてしまう。

 まるで、あらゆる全てのことが自らの快楽へと連鎖反応してしまうこの状況に、

担いでいる水原さんの身体への負担を案じることすら出来なくなってしまった俺が、

さらに跳ね回ろうとしたその瞬間だった。


『君のバッタマンとしてのこれ以上ない適正を確認した。

成長が急激すぎることで、いささか精神が流されてしまっているようだが、

それは追って対処することにする。監視者ナンバー140101の認証申請。対応レベル5。ブラックアウト実行』


 不意に俺の耳元で声が聞こえた。

 その途端、漲りすぎて躍動を繰り返し続けていた身体の力が急激に失われ、同時に意識が泥のように重たくなった。


『沢崎くん。後のことは僕に任せておいてくれ。君が救った水原さんはきちんと自宅へ送り届けておくよ』


 薄れゆく意識の中で俺はその言葉を聞き、そして一瞬だけチラと耳元の声の主の方を見た。

 しかし、その姿は――。


「……お、お前……なんで、ここに……」


 それだけ言うのが精一杯で、次の瞬間俺の意識は深い闇の中へと落とされていった。

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