第9話
「だ、誰か……?! た、たす……」
尋常じゃない男達の様子に怯えた彼女が悲鳴を上げようとした瞬間、
同時に男達が一斉に取り囲み、その口を塞いだ。
すると水原さんは一瞬で意識を失って、男にもたれかかるようにして崩れ落ちてしまった。
口を塞ぐために使ったハンカチに薬品が染み込ませてあるのは明らかだった。
「へっへ、どうするよ。これから?」
「まぁ、焦るこたぁない。車まで連れて行こうや」
男達はそう言って彼女を引きずりながら、公園の入り口に止めてある黒いワゴン車へと向かった。
倒れた沢木はすでに気絶しているらしく、全く反応がない。
俺は……震えていた。
林の影でこの一部始終を見ていながら、為すがままにされている二人を目の前にして何もすることが出来ない。
何なのだ。俺は何なのだ。震えを止めることが出来ない。助けようと思っても身体がついてこない。
口惜しさと情けなさが絶望感となって押し寄せる。
そんな自らに怒りを覚え、しかしそれでも動けない自分に、目の前が真っ暗になりかけた時、
ふと一枚の葉が、ひらりと足元に落ちた。
その瞬間、俺はハッとした。そして同時にそれまでの全ての迷いが――消えた。
――水原さんをワゴン車に連れ込んだ男達はコトを始めようと、
誰ともなく彼女の上着に手をかけ始めた。するとワゴン車が激しく揺れた。
男達の歪んだ欲望の果てのその鳴動が、大地を汚らわしく揺さぶるかのように、
その揺れは次第に激しさを増していく。
「って、ちょっと待て! お前ら揺らし過ぎだぞ!!
まだ何もしてねーのに、ガキみてえにはしゃいんでんじゃねーぞ!!」
「ば、ばか言え! こ、これは、そんな揺れじゃねー! 完全に地震だろーが!!」
車内に起こったあまりにも激しい揺れに男達が動揺し始めると、
今度は車の天井からガンガンと何かを打ち付けるような音が響き始めた。
「ま、まさかサツかよ?!」
「くそが! 構わねぇ! おい!! 早く車出せ!!」
ワゴン車はその場から急発進すると、フルスロットルで走り始めた。
加速と同時に、地震のような激しい揺れが収まった。
「ったく、あの野郎が通報しやがったな。気絶してると思ってたが」
「他人事みたいに言ってんな! いつも詰めが甘ぇんだよ、テメェ!」
「ああ? なんだとコラ! テメぇこそ、いつも見てるだけで何もしてねぇだろうが!!」
「おい、あぶねえだろ! 運転中だ! 静かにしろや!!」
男達が揉め始めると、突如ガンガンと打ち付けるような音が再び天井から響き始めた。
「――っ?!」
「お、おい! まさか、サツが上に乗ってやがんのか?!」
音はどんどん激しくなり、その工事現場のような煩さに一同は顔をしかめた。
「ふ、振り切れ!! そこを曲がれ!!」
車は急カーブに差し掛かり、ドリフトしてコースを変える。
しかし、それでも音は止むことなく一層激しさを増していく。
「くそ! なんなんだ、こりゃ!!」
後部座席の男が毒づいた瞬間だった。
グシャッという音と共に天井が破れ、その穴から何かが勢いよく車内へと落下してきた。
「――?!」
驚いた男は、しかしその正体を確認することは叶わなかった。
次の瞬間、落ちてきた何かと入れ替わるようにして、男はその穴から車外へと吹き飛ばされてしまったからだ。
そして何が起きているのか全く理解出来ないままに、他の男達も次々と同じように吹き飛ばされてしまう。
一人残された運転手の男は激しく狼狽しながらも、恐る恐るバックミラーを覗いた。
すると、そこにそれは居た。自らの姿を隠すことなくそいつはミラー越しに真正面からこちらを見ていて、
そして――ニヤリと笑っていた。
その口元からは夥しい量の茶色い液体がダラダラと流れ出して車内を汚している。
「う、うわぁぁぁぁぁぁ!!」
男が悲鳴を上げると同時に、そいつは昏睡している女を担いだ。
そして、自らが空けた穴へ向かって飛び上がると、そのまま一瞬で姿を消してしまった。
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