第8話

「あの……お話って……?」


 聞きなれた声がした。


「いや。どこか女子社員達も協力してくれていたようだから、

皆まで言う必要はないのかもしれないけど、僕は今フリーだし、君が嫌じゃないなら、僕も……」


 公園に入ってきたのは、水原さんと同僚の男性社員だった。

 しかも、それは社内でも女子社員達の人気ナンバーワンと呼び声の高い、

”沢木秀一”という男だった。


 水原さんと沢木は、これまで何度か噂になったことがある。

 言わば、社内の人気ナンバーワン同士で、どこかでそうなるのではということは、

誰しも思いつくことではあったが……しかし、そうは言っても所詮は噂。

 俺は今の今まで、そのことをそれほど深く考えたことは無かった。


「え……。あ、あの、それって……」


「さすがに意識するよね。周りに色々言われると。でも、周りは周り、僕達は僕達。

それとは関係なく、僕は君のことが気になっていたし、君だってそうじゃないのかな?」


 会話から察すると、要するにこれは……噂が噂では無かったということなのだろう。

 振られて落ち込みはしたものの、水原さんのことはすでに諦めている自分がいたはずなのに、

いざこのような現場に居合わせてしまうと、胸の奥から抑えきれない焦燥が次から次へと噴き出してしまう。


「大丈夫。仮にどんな噂をされても堂々としていればいいよ。悪いことは何もしていない。

君のことは僕が絶対に守るからね」


 沢木はきっぱりと言った。その姿は実に頼もしい限りで、俺は激しい敗北感に苛まれた。

 どんなに焦っても届くことはない。これでもう、二度と水原さんへの思いは成就することはないのだ。


「さ、沢木さん。わ、私……」


 水原さんも戸惑いつつ、自らの気持ちを吐露しようと絞り出すように口を開いた。

 俺はその言葉を最後まで聞きたくなくて、ゆっくりとその場を立ち去ろうとした。だが、その瞬間、


「おいおい、随分と見せつけてくれちゃってるねぇ」

「こんな人気のない公園で、二人きりのラブシーンですかぁ~?」


 お互いの気持ちを確かめるかのように二人の間に流れていた、静かな公園の空気を断ち切って、

不意に傲慢で粗野なダミ声が周囲に響き渡った。

 見ると十代か二十代前半と思わしき、ガラの悪そうな複数の男達がこちらへ近づいてきている。


「な、なんだ。お前達?!」


「なんだだって? 俺ら観客ですよぉ~? ほらほらぁ、気にしないで続きやっちゃって~」

「なんなら、俺らが手伝ってやってもいいんだぜ? ぎゃっはっは!!」


「さ、沢木さん……」

 水原さんが不安そうに、沢木の顔を見ながら助けを求めるように呻いた。


「い、行こう、水原さん。こんな奴ら相手にしても仕方ない」

 言いながら、沢木も水原さんの手を取ると、そのままその場を立ち去ろうとした。


「おおっと、待った。役者がお客を置いてどっか行っちゃうのはまずいんじゃね~の?」

「そうそう。何もしないで帰るのは、ちっと虫が良すぎるわ。やめるなら慰謝料払ってもらわねぇと」


「な、何を言って……」

 沢木が口を開くのと同時だった。男の一人が素早く歩み寄ると、その次の瞬間、

「?! ぐはっ!!」

 無遠慮に、ボディに一発を食らわせた。


「キャア!! 沢木さん……!!」

 水原さんの悲鳴が響く。


「あらあら、手加減したのに。ボクサーの役はやったことなかったのかなぁ?

こんなんじゃ、次の映画には出してもらえないよ~?」


「う……うぐぐ……」

 沢木はそのまま崩れ落ちて、打たれた腹を抱えながら呻いた。


「ま、仕方ないから君は降板ね。まぁ、心配すんなよ。代わりの役は俺らがやってやるからさ。つーことで……」

 そこで男達の目に、これまでとは違う粘りつくような悍ましい熱を帯びた光が混ざり始めた。

 その視線の先には、恐怖に震えて青ざめている水原さんの姿が映っている。


 倒れた沢木を放置して、男達はゆっくりと彼女に近づいて行った。

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