第7話
昼休み。これまでは、通勤途中に会社近くのコンビニで買っておいた弁当を、
休憩室の片隅で独りモソモソと食べる毎日だった。
だが今日の昼休み、俺は誰も居ない小さな公園のベンチに座っていた。
コンビニで弁当も買っていない。
俺は何気なく自分の足元に視線を移した。
名前の分からない雑草が点々と生えている。
俺はその中の一房をおもむろにむしると、口の中へ放り込んだ。
むしゃむしゃと咀嚼してそこから滲み出る汁を充分に堪能してから飲み込む。
その一連の動作を幾度も繰り返した。
「こんな姿は、会社の連中には見せられない……」
告白をした訳ではない。ただ食事に誘って断られただけで、
俺は水原さんに振られた男として社内で噂されるようになっていた。
唯でさえ後ろ指をさされるようなこの状況で、
さらに草を食んでいるところを誰かに見られでもしたら、恐らく俺は人間扱いされなくなるだろう。
「だが、そもそも俺は、人間なのだろうか……」
次世代のバッタマン。あの巨大バッタは確かそう言っていた。
奴ら自身がバッタ団子となって俺の中に吸収され、その結果この異常な生活習慣が身についてしまった。
草以外の食べ物が身体に受け付けないのである。
市販のサラダは食えないこともないが、それは、そこいら辺の雑草に比べると余りにも味気なかった。
人間の身体であれば公園に生えている名前も分からない草を食ったりしたら、
腹を壊すどころか、場合によっては中毒症状で命すら脅かされることがある。
それほどに、そこいら辺の雑草の中には、危険な毒を持つ植物が当たり前に生息しているのだ。
しかし――
「俺は……何ともない」
草を食べながら、後から後から流れ出る自らの唾液をハンカチで拭いた。
白い無地のハンカチが見る見る茶色に染まっていく。
それはバッタを捕まえた時に、奴らが口から出すあの汁の色とソックリだった。
昼食(雑草)を摂り終わると、俺はいつものように会社に戻り残りの仕事を片付け始めた。
――定時となった帰り際、おもむろに女子社員達が水原さんを守るようにして取り囲みながら
俺の方を睨んだ。どうやら俺を近づけさせない為のようだ。
振られたと噂になり、ドア越しに水原さんに拒絶されていることまで確認済みの俺が、
どうやって今更彼女に声をかけられるというのだろうか。
それ程までに怪しい人間だと思われていたことに、いささかショックを受けつつも、
そのことに気が付かない振りをしながら、俺はそそくさと会社を後にした。
こんな日は、真っ直ぐに家には戻らない。
落ち込んだ気持ちを自宅にまで持ち込みたくないからだ。
気分転換の一番の方法はあの空き地へ行くことだが、翌日が休みの週末ではない限り、
雑草生い茂る草むらに行く訳にはいかなかった。
あそこに飛び込んでしまうと、何かの中毒患者のようなトランス状態に陥ってしまうからだ。
我を忘れて朝方まで飛び回りながら体力を使い果たし、次の日の仕事どころではなくなる。
仕方がないので、俺は昼休みに行った小さな公園へ寄ることにした。
地面に生えている僅かな雑草を口にして会社で受けたストレスを緩和するのだ。
昼と同じくベンチへ座り、足元の草を手に取り俺はそれを口へと運ぼうとした。
だが、その瞬間だった。突然公園に誰かが入ってくる気配を感じたのだ。
俺は咄嗟の判断で素早くベンチ裏の林の影へ移動しながら、音を立てないように静かに身を潜めた。
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