第4話

 見る見るうちに、林が近づいてくる。

 距離にして10キロはあったと思われるが、未だ5分と経っていない。


 俺は、食われるのか――?!

 い、いや、キリギリスは雑食だが、バッタは草食だ。

 巨大ではあるが、こいつらの見かけは明らかにバッタだし、

それなら食う目的ではないはずだ……多分。


 さっきから、俺を掴んで飛んでいる奴も恐らくバッタだろうが、

周りで一緒に飛んでいる奴らより、圧倒的に巨大であることは間違いない。

 掴む足が俺の胴体をすっぽりと包んでいるからだ。


 こいつは――ボスなのか??


 下手に抗うことは出来ない。力で敵うかどうかということもそうだが、

この状態で離されたら、十数メートル下へ落下してしまうからだ。


 

 林に到達したバッタ達は、木々の隙間を縫いながらそのさらに奥へと進んでいく。

 すると、雑木林の先に、不意に草原のような低い草が生えている空間が広がるのが見えた。

 バッタ達は林を抜け、次々とそこに降り立つと、同時に俺自身もそこへ無造作に放たれた。


 うつ伏せにドサッと落とされ、俺が反射的に受け身をとるように転がりながら見上げた瞬間、

――目の前にそいつがいた。


 姿形はバッタそのものだが、そいつは二足歩行だった。

 しかも、巨大ではあるがガリガリとやせ細り、どこかみすぼらしい印象すら受ける。

 凶悪な、いかつい姿を想像していた俺はいささか拍子抜けしたが、

それでも不気味であることに変わりはない。


 そいつを中心にして、他の巨大バッタ達が周りを取り囲むように俺の様子を伺っている。

 言葉が通じるとも思えないが、話しかけてみる以外に出来ることが無さそうなので、

俺はこいつらに声をかけようとした。するとその瞬間、周りのバッタ達が一斉に俺へ向かって飛びかかってきた。


「――う、うわああああー!!」


 無数の巨大バッタ達に組み敷かれ、全身を相手の足にがっちりと捕らえられる。

 バッタ達の口からは茶色い汁が滲み出し、パクパクと蠢いている。


 内一匹が、長い足を俺の口の中に入れて来た。

 ま、まさか、内臓を引きずり出す気か?!


 や、やめろ!! く、食うなーー!! 食わないでくれーー!!

 足で口を固定され、言葉にならない言葉が悲鳴となって木霊した、その時だった。


《――食われるのではない。君が食うのだ――》


 それは、音というよりも、頭に直接響いてくるような感覚だった。

 ただ、目の前にいるこいつ、俺を運んできた二足歩行の超巨大バッタ。

これが発している言葉だということだけは、はっきりと分かった。


《――我々はもう限界だ。次なる世代を依代に、新たな継承を済ませなければならない――》


 なんのことなのか全く意味が分からない。恐怖心から俺が抗おうと身体をよじると、


《――今はまだ、分からなくて良い。いずれ自覚する時が来る。その時まで――》


 その言葉と共に、周りのバッタ達がまるで団子のように纏まり始めると、

見る見るうちに凝縮して、草色の丸い塊へと化し、

 そして、俺の開かれたまま固定されている口へ向かって飛び込んで来た。


 ぎゃーー!! き、気持ち悪い!! 

 バッタの肉団子が口の中へと入れられる。それは舌に触れ唾液に溶けて、

まるでチョコのように柔らかく広がった。味を例えるなら、甘い青汁だ。


《――我々は生き続ける。千年の長きに渡って紡がれ続けた意志として、継承者たる君の中で――》


 この言葉を皮切りに、次々とバッタ団子が俺の口へと運ばれ続け、そして最後に、


《――後は頼んだ。次世代のバッタマンよ――》


 バッタのボスはそれを言い残すと、ドロドロと溶けるようにしてその形を失い、

他のバッタと違って若干緩い、ティラミスのようになって俺の口の中へビシャっと飛び込んだ。


 その余りの気持ち悪さに、俺はそこで意識を失った。

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