第2話
家へ帰ると、俺はシャワーを浴びながら回想した。
自分のこの不可解な、世間から見れば完全に異常としか思えない、
草むらへの羨望と衝動のきっかけとなった日のことを。
それは、小学校時代にまで遡る。
都市開発が進み、虫の住処が少なくなった今と違い、
昔は、俺の住むベッドタウンにも、近所に雑草だらけの空き地や小さな林等が
比較的多く点在していた。そのおかげで、子供にとって虫捕りは容易な遊びの一つで、
俺もその例に漏れることが無かった。
いつものように学校から帰ると、俺はランドセルを放り投げ、
虫カゴと虫捕り網を持って元気に外へ遊びに出かけた。
ターゲットとしていた虫は、主にチョウチョ、カマキリ、そして――バッタだ。
カブトムシやクワガタも好きだったが、それらは山奥ならいざ知らず、
俺の住んでいた中途半端な田舎では希少だった為、採りに行く動機として頼り無かった。
バッタと言えばトノサマバッタが有名だが、ここいらの近所では、ショウリョウバッタや
姿形がトノサマバッタに似ているクルマバッタの方がポピュラーだった為、
それらを採ることの方が多かった。
俺はさっそく、住んでいたアパートの裏側にある、
雑草だらけで荒地と化している空き地へと向かった。
今から思えは、広さは100坪程度だったが、
当時の俺にとっては、どこまでも続く広々とした草原のように思えた。
鬱蒼と茂った雑草の中で、バッタを見つける方法は一つだ。
虫捕り網を振りかざし、草を凪ぐようにして、ひたすらにブンブンと振り回す。
そうすることで、驚いたバッタが飛び上がるのを待つ寸法だ。
その時、飛び上がったバッタをダイレクトで捕まえることが出来ればベストだが、
大体はそう簡単にいかないので、飛んだバッタの軌跡を追いながら、その着地点を確かめ、
そこからゆっくり忍び寄り、草葉の隙間からバッタを視認すると同時に、
素早く網を使って捕まえる方法がメインだ。
いつものように網で草を揺らすと、狙い通りにバッタが何匹か飛び上がった。
見るとショウリョウバッタ二匹と、クルマバッタが一匹――……かと思いきや……おかしい。
そいつは姿形だけはクルマバッタのそれではあったが――デカい。あまりにもデカいのだ。
スケールが通常の倍、いや三倍はあろうかというバッタだった。
とんでもない大物の登場に、俺の心は躍った。
ショウリョウバッタに目もくれず、ターゲットの照準を巨大クルマバッタへ定めると、
俺は追跡を開始した。
そいつはデカいだけあって、その脚力も桁違いだ。
羽を使わずに、一足飛びで高さ10メートル以上跳ね上がり、そのまま空き地の端の方へと落下していった。
金網の向こう側の民家の奥まで逃げられてしまっては、もう捕まえる術が無い。
そうなる前に捕まえなくてはいけない。
焦りながらも、なるべく音を立てないように、俺はそいつの落下地点まで忍び寄った。
その大きさのお陰で、草葉の隙間からでもはっきりと姿形が見える。
恐らくこの虫捕り網で捕まえるには、直径的にギリギリの大きさだ。
目の前まで来て、俺の横顔には運動によるものだけではない嫌な汗が伝い始めていた。
先程は距離があった分その大きさに感動を覚えたが、いざ目前に迫ると、
その迫力は想像を優に凌駕していたのだ。
戦慄と興奮、その天秤の狭間で俺の心は揺れ動いた。
だがその気持ちとは裏腹に、日頃の鍛錬の賜物とでも言うべきか、
虫捕り始めて数余年、少年”沢崎新”の肉体は対象を冷静に捕獲すべく静かに行動を開始していた。
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