バッタマン

maro

第1話

 俺は沢崎新(さわざきしん)29歳。ごく普通のサラリーマンだ。

 ごく普通に会社へ行き、ごく普通に仕事をして、ごく普通に家へ帰る。

 その繰り返しの日々の中に生きる、ごく普通の男だ。


 しかし、そんな俺にも、生きがいはある。

 それは、会社帰りに通る小さな空き地。

 夥しく生い茂る雑草は、180センチある俺の背丈を優に超え、

 全く手入れをされている様子が無い。

 中に何が居るのかも分からない、荒れ放題の怪しげな草むら。

 通常ならば、誰もが敬遠しそうなその場所に、俺の生きがいの全てが詰まっているのだ。


 まず俺は、周囲に人気が無いかを確認すると、ゆっくり音を立てないように気をつけながら、

格子状に編まれた自分の胸元辺りにまである高さの、針金フェンスの外枠に足を架けた。

 そして、それを跨ぐようにして乗り越える。


 フェンスを挟んで相対する道路側のことを、俺は俗界と呼び、

 そして、その反対側の空き地にある草むらのことを――極楽と呼んだ。


 俺は、そんな極楽の前へと降り立つと、同時に中へ向かって力いっぱいに飛び込んだ。

 すると、次の瞬間、


《――あっ!! ああ!! ああああっーーーー!!!!》

 

 全身が、得も言われぬ清涼感に包まれた。そして、

 

《き、気持ちいい!! あまりにも気持ちいい!!

た、楽しいっーー!! 楽しいよーーーーっ!! うっ!! うううううっ……うえっへぇーーーー!!!!》


 声にならない魂の絶叫が、俺の脳内にこだまする。


 理由は分からない。ただひたすらな喜びが、全身の細胞という細胞を震わせるのだ。

 圧倒的な開放感と高揚。この二つの奔流が俺を包み込み、どこまでも身体を舞い上がらせていく――。

 そして、


 ――――目が覚めた時、俺の眼前には草々の合間を縫うようにして、青い空が見えていた。

 

 柔らかい朝の日の光が優しく頬を撫でて、暴れまわった昨夜が嘘のように心は静まっている。


 金曜夜から、土曜朝にかけた――この一時。

 俺の平凡な一週間は、この時の為にあるのだった。

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