4-3 セカンドフェーズ②
一気呵成にと炎の海に飲み込まれた全てのヴァリアント。何もかもを燃やし尽くさんと放たれた業火だが、なかなかどうして奴らは燃え切らない。
紅蓮に染まる中、黒いシルエットが身体に炎をまとわりつかせながら、ゆっくりと歩みを進めている。
「なんで!? 炎に弱いんじゃないの!?」
「その……はずよ……」
腐蝕の弱点であるはずの炎。たとえそうでなくとも、炎の中で生きられる生物なんてこの世に存在していいはずがない。
単に耐久性があるだけで片付けて良い問題ではなかった。
炎を関係なしに動けるのなら、少なくとも奴等に捕まった瞬間キソラとアステリア以外はなす術なく死んでしまうだろう。
「いや、ちょっと待ちなさい……? この臭いは……。キソラもう一度燃やしてちょうだい。火力強めで」
「う、うん。分かった」
キソラがヴァリアント達に火を焚べると、今度こそヴァリアントは炎の中で頽れる。
それと同時に腐った肉が焼かれた際に放つ強烈な刺激臭がキソラたちの鼻腔を突き刺した。
「どういうこと?」
「刺激臭が放たれていたってことは、ちゃんと腐蝕が燃えてたってことだからヴァリアントに何かしらの影響が出ていたことは確実。だから、もう一度重ねてもらったわけだけれど……予想はあってたわね。ここでキソラに力を使わせたのは勿体なかったかもしれないけど……」
アステリアが歯噛みする。
力にリミットがある以上、力をどれだけ温存できるかが鍵。本来ならこんな序盤で使う予定ではなかったのだ。
「まぁ仕方ねぇさ。トライを繰り返していかなきゃどの道、前へと進んでいけねぇんだから。ここは、奴らにも炎がちゃんと効くってことが分かっただけでも儲けもんだろ」
「ディアラ……」
場を和ませる様にディアラがアステリアの背を叩く。
それに便乗する様に、キソラも笑顔を向けた。
「大丈夫だよリア。このくらいじゃ全然バテないからさ。ここから先で力をちゃんと温存しておけば、この時の分はチャラだって」
「そういうこった。ってことで、お前さん達はこれを持っていきな。追加分は他の奴らのも回すから、ちょっと待ってろ」
ディアラが自分の肩に手を回し、かけていた携帯型の火炎放射器をアステリアに押しつける。
燃料タンクたる楕円形のボンベが二本付けられているソレは、瞬間的にだがキソラの火力にも勝るとも劣らない火力を放つことが出来る。
まさに対腐蝕の為の最後の手段。これを失うことはつまり、ディアラたち一般兵が腐蝕に抗うことが不可能になることと直結している。
だからか、押し付けられたソレをアステリアは悲痛さを顔に滲ませながら拒絶した。
「ちょっ……! 私にそれを渡してどうするのよ……!? もし、腐蝕が来たらアナタたちが……!」
「だからだろうが。イレギュラーでフェンリがやられちまって動揺するのは分かるが、戦況を見誤るな。お前達は今からあの厄介な軍勢の中に突っ込むんだぞ。ここで来るかもわからねぇ敵を待つ俺らが持ってても仕方ねぇだろ。目的を忘れてんじゃねぇ」
「——ッ……!」
そう、本作戦の目的はあくまで『コロージョンを止め、大地を再生する』こと。それさえ叶えられればいいのだ。
そこに生還は含まれていない。
痛いところを突かれたと言わんばかりに、アステリアが思わず視線を下に逸らす。組織を率いる立場とはいえ、まだ十代。作戦行動中に部下が死ぬのを直接目撃するのは初めてのことだった。
強烈な精神的負荷がアステリアを襲っていた。
しかしそれでも、前を向かなければどうしようもない。
それを分かっているからこそ、アステリアは深く息を吸って意識を無理やり切り替えた。
「ふぅぅぅぅぅ……。……正体不明、行動原理も不明。そもそも、この作戦自体仮説の上で成り立っているものね。今更、一つ謎が増えたところで深く気にかける必要もない……か。少なくともアイツには炎がきくって分かった。それだけで良しとしましょう」
「おう、それでこそ俺たちのリーダーだ」
冷静になりいつものアステリアが戻ってきた。いや、震える手を見る限り完全に、というわけではないのだろう。
ただ、それでももう同じ過ちは犯さないと必死に動揺する心を押さえつけているのだ。
「あ、そうだ。一つ言っておきたいことがあるんだけど」
「なんだキソラ」
「あのヴァリアントとかいう奴の行動パターン?っていうのかな。パッと見た感じだけど私が攻撃に移った時、アイツらが取った行動って自分を守るみたいなものじゃなかったんだよね。逃げてないのは勿論なんだけど、攻撃している私に向かってくるとかもそういうのはなくて、炎の中でみんなに向かって歩いてたんだ。多分、動いていたものに反応するんじゃないかな」
炎の攻撃を行った時のヴァリアントの反応。どんな生物であれ、死の危険があると分かれば死に抗う行動を取るものだ。
それが無かったということはヴァリアントは『生物』というよりも、行動がプログラミングされた『機械』と言った方が正しいかもしれない。
「ってことは……目標設定は無差別ではあるけど行動には法則性があるって感じか……」
「少なくともここを普段から通っているC機関は奴らをどうにか出来る術があるんでしょうね。じゃないと、一々犠牲が出る可能性を考慮してこの中に入っていかなきゃならないんだし」
「ちなみにキョウカ。アナタがいた頃にヴァリアントは……」
「いなかったわ。それどころか、実験の草案すらなかったわね。アイツがなんなのかは不明だけど、後発的に生まれたのは明らかよ」
キョウカも知らない自立型の腐蝕兵器。分からないことだらけではあるが、情報を少しずつ読み解けば見えてくる光はある。
「とにかく、ナイスだキソラ。その情報があるだけでも値千金だ。気休めでも対処法があるなかいかじゃ、心の持ち様がまるで違うからな」
「それじゃあ、まず体制を整えましょう。この先に進むのは私とキソラ、そしてキョウカの三人。ディアラ達はここで防御陣営を構築。他の隊とも報告を取り合って門の死守をお願い」
「了解だ。んじゃ、俺は残りの火炎放射器を持ってくるからちょっと待ってな」
そう言ってディアラはキソラ達から離れ、他の隊員に持たせていた火炎放射器を二丁。燃料タンクを四つ持ってくる。
それらを全てキソラに渡し、使い方を教えていく。
「使い方は単純だ。燃料タンクをぶっ刺して引き金を引くだけ。そしたら五mの火炎が放射される。連発可能回数は大体四回。クールタイムは一セットで一分くらいだ。考えて使え」
「うん、分かった。ありがとう」
燃料タンクを装着し、一丁を肩にかける。もう一つは手に持ち、グリップの感覚を確かめていた。
その様子を見て、ポツリとディアラがキソラにだけ聞こえる様に口を開く。
「……新人のお前にお願いするのは申し訳ないが、頼む。リアを支えてやってくれ」
「支える……?」
「お前さんは、リアにとって初めて出来たいわば同類だからな。適合者だからって負担を押し付けることしかできなかった情けない俺たちの代わりに支えてやってくれ。アイツは仲間の死に慣れてないし、多分、この先も慣れそうにない。だからいつも我先にと危険な任務を引き受けてたんだが……」
「あの時の単独行動はそういう……」
それは治安部隊がコロージョンをまき散らしたあの日。援護部隊を配置していたとはいえ、罠と知って対象そのものを追いかけていたのはアステリアだけ。
動ける者全員で動いた方が合理的だというのに、それをしなかったのはアステリアの仲間を想うエゴだった。
そして今も……。
キョウカと話ながら毅然と振る舞おうとしているアステリアを見つめ、キソラは彼女の心根に思い至る。
「うん、任せてよディアラ! 手の届く範囲なら絶対に助けるのが私の
そう誓い、作戦行動が再開される——。
☆
風を切って薙がれる黒く太い右豪腕を、キソラは思いっきり上半身を逸らして躱す。眼前を通り過ぎた豪腕をその目にしっかりと収めると、二足歩行たるヴァリアントの行動パターンを予測。
身体を捻って左に動くと、腕が通り過ぎて隙だらけになった右半身が。そこに向けって火炎放射器の引き金を引く。
発射された猛火がヴァリアントを燃やし尽くし、キソラは一息ついた。
「これ……で、五体目……! もぅ……! どれだけいるの!!」
「まさか、ここまで交戦することになるなんてね……。流石に予想外すぎるわ……」
「どうする? こんなペースで戦ってたらいつまで経っても目的地に辿り着かないよ。燃料だって限りがあるわけだし……」
進む度に足止めと言わんばかりにやってくるヴァリアント。【黒い胞子】とは違って、塊になって動いていることで対処そのものはやりやすいが、交戦回数が増えても良いことは何もない。
まだ燃料は残っているとはいえ、この交戦回数が変わらないのなら確実に途中で尽きてしまう。
戦っている二人が唸っていると、キョウカが人差し指を上に差して提案を出した。
「それなら『上』に行くのはどう? 奴らが人間っぽい『肉体』を有しているのなら、その調達源は地上に限られるんじゃないかしら?」
「上……。建物の屋上を伝ってのルートってことね」
「それ、私も賛成。見る限り、翼みたいな飛びそうな部位もなさそうだし。地上よりかは遭遇確率が減るんじゃない?」
第一次腐蝕事変の影響で所々がグズグズになり、穴だらけになっている建物もあるが建物としての形状は保たれている。
キソラ達の身体能力があれば、外から屋上に向かって飛びあがることは簡単にできるだろう。
「……そうね、分かったわ。ならキョウカは私の背に乗って。地上にいるであろう屋上を伝って、研究所まで最速ルートで行きましょう」
「了解。なら、戦闘が起きた時は引き続き私が戦うってことで」
「お願いね」
キソラより力のリミットが早いアステリアだ。温存出来るところは極力温存しておく。
アステリアが火炎放射器の取り回しに邪魔にならない様にキョウカを背負い、行動再開。
路地に入り、三角跳びの要領で壁を蹴って屋上へと飛び上がる。そこから秘匿研究所まで宙のルート一直線だ。
宙を走っていく空気の重さなどを感じると、作戦行動中にもかかわらずキソラは懐かしむ様に目を細めて思わず笑ってしまっていた。
「ははっ」
「なに笑ってるの?」
「あ、いや、ごめん。ほら、二番街にいた頃私ってよくこんな宙のルートを走ってたからさ。ちょっと懐かしくなっちゃって笑っちゃったんだよね」
キソラがスペルビアに加入してまだ二か月も経っていない。それなのにこの妙な懐かしさは、キソラの時間経過の濃さを物語っていた。
「まったく……。気持ちは分かるけど、気を引き締めなさい。いつ奴らが襲い掛かって来るか分からないんだから」
「うん——」
——と、意識を切り替え、次の屋上へとキソラが飛び移ったその瞬間。
地上の地下の地下。巨大に裂けた穴の中から、ナニカがキソラに向かって超高速で飛び上がって来た。
それに真っ先にキソラが気付く。
「——ッ! リア、そこで停止! ヴァリアントだ!」
「キソラ!?」
予想外の攻撃。空中で方向転換は出来ず、屋上に着地するよりもヴァリアントがキソラを強襲する方が速い。
腐蝕に全身を飲み込まれたら、いかにキソラだとしても絶体絶命だ。
それを——
「こ、な、く、そぉぉぉぉぉ!!」
左腕から炎を勢いよく前に向かって噴射し、後方への推進力に。その慣性によってキソラは間一髪後ろへと下がることが出来、同時にヴァリアントを炎の中に収めることに成功した。
キソラがアステリア達がいる屋上へと着地する。
「はっはっはっ……! さ、流石に今のは焦った……!」
「大丈夫、キソラ!?」
「怪我はない!?」
「う、うん……。ギリギリね。ありがとうリア、お母さん。それよりも——」
ガシャンと、キソラの言葉をかき消す様にヴァリアントが三人に対峙する様に降り立った。
炎に包まれながらも全く気にせず動くその姿は、これまでの個体とはレベルが違うようだった。
「ここで強個体の発生……!? ふざけんじゃないわよ……!」
「これはちょっと……本気を出さないとキツそうだね……」
対峙するヴァリアントはこれまで戦ってきた個体と比べて一回り大きい。地に付きそうなほどの巨大な腕。それよりも目を引くのは、この屋上までワンアクション、しかも屋上へと飛び移るキソラよりも速いスピードで襲い掛かることを可能とした、キソラを飲み込んでしまえそうな太く巨大な脚。
遮るモノが何もないこの屋上であのスピードを自由自在に発揮できるとしたら、まずキョウカは助からないだろう。
「キソラはキョウカの後ろに。挟む形でキョウカを守るわよ」
「なら、前に出るのは私が——」
「私はキソラほど力のコントロールが出来ないの分かってるでしょ? 護衛対象を巻き込むかもしれない力は使えないの」
「でも……」
「分かってる。あくまで私は隙を作るだけ。ちゃんと分別はつけてるから。トドメは任せたわ」
「……分かった」
「無理はしないのよ」
「ええ」
簡易的に作戦会議が終了。この間、三人が動いていなかったことからヴァリアントが動く者に反応していることにほぼ間違いない。
火炎放射器をキョウカに渡し、バチリッと電気をアステリアが瞬かせた瞬間、ヴァリアントが即座に行動を開始。
ここで三人は勘違いに気付く。
ヴァリアントが有するその豪腕・豪脚はあくまでその形を成しているだけで、本質は腐蝕という流動的なモノであるということを。
「——ッ!? リア!!」
「二人はその場で絶対に待機! 私の後ろから出ちゃダメよ!!」
大木を思わせるその脚が急激にやせ細ったかと思えば、その分の質量が両腕へと移行。体格のバランスを崩壊させながら、何倍にも膨れ上がった両腕を思いっきり振るうと、飛び散る形で腐蝕の弾幕が出来上がった。
逃げ場は無い。
「逃げ場がないなら作るまで……ってね!!」
弾幕の前に右手を翳し、発生させた電気を蜘蛛の巣状に広げて、電気の網が完成。そこに飛んできた無数の腐蝕が引っ掛かると、そのことごとくを跡形もなく焼き散らした。
「まさか、こんな人を殺すためだけの動きを取ってくるなんて……。二人とも怪我は!?」
「私はどこも!」
「問題ないわ! ありがとう!」
「どう、いたしまして!!」
攻撃を防げても一息は吐けない。弾幕が防がれたのを見て、ヴァリアントは腐蝕を流動させて豪脚を再構築。 消費したことで一回り小さくなっているが、それでもまだ大きい。
その豪脚をもって、アステリアに向かって急接近。
だが、いくら速くとも単純なスピードではアステリアに適うモノはいない——
「その程度の速さで、私に勝てると思って!?」
電気を全身に迸らせ、超高速移動。キソラ達は動かず、アステリアだけが超スピードで動くことでヴァリアントの攻撃対象を分散。
避けると同時に、人差し指と中指を揃えてヴァリアントに照準を合わせる。
「お返しよ。これでも食らいなさい!」
ヴァリアントが行ったのと同じように、全身に猛っていた電気を指へと一点集中。
指向性の鋭い電撃がヴァリアントを貫くと、刺激臭と共にヴァリアントの動きが一瞬だけ停止した。
その隙をキソラも見逃さない。
「キソラ、合わせるわよ!」
「うん!! お母さん!」
「ええっ!」
即座にキソラがキョウカから火炎放射器を受け取ると、アステリアの隣へと移動。力を切ったアステリアに火炎放射器を渡すと、自身も二丁の火炎放射器の銃口をヴァリアントに向ける。
合計三丁の火炎放射器。
その威力は、『コール:
「これで、トドメ!!」
全てを燃やし尽くさんとする劫火が強個体のヴァリアントを跡形もなく消し飛ばした。
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