4‐4 私の産まれた場所

「ふぅ……。とりあえずどうにかなったわね……」

「もうイレギュラーはこりごりだよ……。もう燃料タンクだってほとんど残ってないし……。これ以上、交戦することになる前に早く行こう……」

「そうね。キョウカの疲労も重なってるだろうし」

「まだ大丈夫……って言いたくはあるけど、正直このペースはね……」


 力に余裕はあるが、繰り返された突発的な戦闘によって精神的な疲労が蓄積されている。キョウカにとってはこれからが本番なのだ。これ以上、交戦して良いことはなにもない。

 そうして慎重に、それでいてなるべく迅速に動いていると幸運なことにキソラ達がヴァリアントに遭遇することはなかった。

 やはり、あの強個体がイレギュラー中のイレギュラー。たまに地上を覗くと、そこには何体かのヴァリアントがいたが襲い掛かって来ることはなかった。


「私たちに反応はしてるみたいだけど、こっちに向かってくる気配はないみたいだね」

「物理的な問題はいかに奴らでも解決できないってことでしょう。さっきのアイツが平均レベルじゃなくて助かったわね」


 そして、屋上を伝っていくこと十分。

 遂に三人はそこに辿り着いた——。


「ここが、秘匿研究所。パパが死んだ場所か……」

「帰って……来ちゃったわね……」

「……私の産まれた場所」


 三者三様、それぞれの想いで研究所を見やる。

 抉り取られた様な形で前面の壁が崩壊し、内部構造がハッキリと見えているその研究所。どう見ても自然崩壊ではないソレは第一次腐蝕事変が齎した惨劇を形として残していた。

 それでもC機関によって利用されていることから、設備そのものは機能しているのだろう。


「あまり見ない方がいいわよキソラ。私が言う権利はないけど、あなたにとってここは良い思い出の場所じゃないんだから」

「ううん、お母さん。そんなのは関係ないよ。自分のルーツから目を逸らして前に進むなんて出来ないから。記憶もないんだし、見るべきモノはちゃんと見ないと」


 研究所の中に入り、手当たり次第に部屋を探っていくとキソラの胸中に妙な懐古感が湧き出てくる。

 ある部屋には、人一人は余裕で入れそうなほど巨大なガラス管が。ガラスは真ん中から突き破るような形で崩壊し、辺りに液体が散らばっている。

 またある部屋には赤黒く汚れたベッドが所狭しと並んでいたり、育児部屋と思われる穴だらけの隣部屋には、ぬいぐるみや積み木などが申し訳程度に落ちている。

 随所に見え隠れする凄惨な実験の跡がそこにはあった。


「気持ち悪いわね……。実験体を家畜みたいに扱ってるかと思えば、人間らしい優しさみたいなのも見せてる。まるでエゴの塊ねここは」

「みんながみんな、非情にはなれなかったのよ……。ぬいぐるみとかは、せめてもの慰め……ってヤツ」

「慰め……ね。はたして、慰められていたのは一体どっちかしら」

「……」


 一歩一歩進む度に、自分の行いを後悔する様に胸をかきむしりたくなるキョウカ。アステリアも、この欲望に満ちた空間に物申せずにはいられなかった。

 少しだけ鬱屈とした空気が漂う中、それを切り裂いたのは深呼吸を入れたアステリアだった。


「ふぅぅぅぅ……。ごめんなさい、ちょっと気が立ちすぎてたわ。キョウカを責めるつもりはなかったの」

「ううん、大丈夫。ちゃんと、分かってるから。自分の罪も、その為にやらなければならないことも……。ここに来て、改めてソレを認識できたわ」


 あの惨状を引き起こした一人の人間としてケジメをつける。その決意を定めたところで、先頭に立っていたキソラが先に気付いた。


「お母さん。多分、アレ……だよね」

「えぇ……。そうみたいね」


 研究所の奥の奥。天井が崩壊し、三番街を覆う屋根を見上げることが出来るその場所にソレはあった。


「コレがC機関が生み出した、最悪の兵器……」


 三人の眼前にあるのは巨大な楕円形の孵化装置の様なもの。その側面に等間隔に走っている線はおそらく開閉口の溝。中身は当然、【コロージョン】を発生させる用の大量の腐蝕だ。

 左右には脈の様なチューブが付けられており、コンソールと孵化装置を繋げてある。コンソールのすぐ脇に注入口があることから、ここからC機関製の改造L・A・Rを腐蝕と反応させることで【コロージョン】を発生させるのだろう。

 そして卵が孵化する様に、開かれた瞬間その中身が灰塵都市スクルータに向かって拡散される。


「怯える必要はないわよキソラ。色々あったけど、力もまだ残したままこの最終フェーズに入れるんだからね。今からの私たちの仕事は、スペルビア製のL・A・Rを注入口に入れて【コロージョン】を書き換えるキョウカを守るだけ。それでミッションは達成よ」

「うん、分かってる。ようやくここまで来たんだ。絶対に何が起きてもお母さんは守るよ」


 犠牲を払いながらも、辿り着いた運命の岐路。

 ここが死に抗う最終局面だ。


「それじゃあ、最後は任せたわよキョウカ。変化する環境データへの適応とコロージョンのコード変更。厳しすぎるミッションだとは思うけど……」

「心配しないで頂戴。ここまで無事に連れてきてもらったんだもの。必ずやり遂げて——」

「——おやおやおやおや! 我らが聖地にどんな薄汚いネズミが入り込んだのかと思えば! これはこれは! なんたる僥倖か! まさか裏切り者を始末する機会がやって来るとは!」


 荷物を下ろしながらキョウカがコンソールへ向かおうとしたその時。

 装置に裏側から、ペタペタと足音を立てながら狂ったようなしわがれた声が響き渡った。


「人事を尽くせばなんとやら、というのは本当だったようですな!」

「——ッ!! ミステリオ博士……! ってことは、やはりコロージョンはあなたが……!」


 ぐつぐつと、煮えたぎる溶岩のごとき熱き感情と共にキョウカの口からその名が溢れ出る。

 装置を慈愛の籠った手つきで撫でる白衣姿の男性。ボサボサの白い髪と痩せこけた頬。くぼんだように見える眼孔に首筋に浮き出た血管など、見た目だけで言えば老齢な科学者そのもの。

 仮に、キソラがその体躯を抱きしめたら本気を出すまでもなくポッキリと骨は折れるだろう。


「お久しぶりですキョウカくん。いやはや時間が経つのは恐ろしく早いものですな。あの頃はまだ科学に魂も売れていないかった小娘が、身体だけは成長しているのですから。ただ、その不健康っぷりはいただけませんね。化粧で隠しているみたいですが、目の下に薄らとある隈。肌も荒れているみたいですし、気をつけた方がいいですよ。科学者たるもの健康こそが大事ですから。ちゃんと、【免疫接種イミュニティ】を摂っていますか?」

「ご忠告どうも……。まさか、あなたに健康を説かれるとは思っても見なかったわ」


 ニタニタと嫌悪感を覚える粘着した笑みを前に、キョウカは表情を苦々しく歪めてしまう。

 狂気を孕み、瞳孔の開いた赤い双眸といい、その身一つで悍ましさというのを体現していた。


「なんなのあの人……! どう見ても、まともじゃないでしょ……!」


 異常としか思えない彼をキョウカとアステリアの後ろから見て、キソラは後ろに下がりそうになる足を必死に押し殺していた。

 隙間からでしか見えなかったのに、キソラを恐怖させたのは、彼が『素足』であるということ。

 腐蝕に汚染されたこの街だ。今は平時でも異常がないとはいえ、直接肌に触れてどんな影響が出るかは分かったものじゃない。

 今すぐにでもその素足が腐り落ちてもおかしくないのに、彼の顔に浮かぶのは笑みばかり。

 まるで腐蝕という災厄を、パーティのようなイベントごとだと認識しているような、そんな刹那的な快楽を持っていた。


「ねぇキョウカ、あのイカレた男は爺さんは誰よ……。博士なんて言ってたけど、もしかして……」

「えぇそうよ……。ミステリオ・ヴァン・ヒュース博士。『リバース・アクト』の第一責任者にして腐蝕のことが大好きなマッドサイエンティストよ」

「マッドサイエンティスト……」

「失礼ですね、キョウカくん。我輩の腐蝕に対する『愛情』をたかが大好きで収めようとするとは。減点ですよ減点」


 チッチッチと、ミステリオは人差し指を振るう。


「なるほど。よく分かったわ。じゃああの男が全ての元凶ってわけね。昔も、そして今も」

「そういうことになるでしょうね。第一次腐蝕事変の際は現場にいなかったから、生きてるとは思ってたけれどまさかこうして会うことになるなんてね……。良いんですか? C機関でも重役のあなたがこんな死の最前線にまで来て」

「くくくっ、相変わらず愚かですねぇキミは! 腐蝕によって一つの街を滅亡させるという新人類史上初の出来事を見なくてどうするのですか! 第一次腐蝕事変の際は、その場にいないという大失態を犯しましたからね! あんな劇的な瞬間をもう見逃したりしないと決めたのですよ!」


 呵々大笑と、大仰に手を広げながら歓喜の声をまき散らすミステリオ。

 腐蝕をあそこまで楽しく語る人は世界中探しても彼一人だけだろう。


「相変わらず、と言いたいのはこちらですよ。よくもまぁ、腐蝕を前にしてそんなに楽しそうに振る舞えますね。正直、何回あなたの正気を疑ったか」

「我が輩としては、苦しみの感情だけで腐蝕に向き合うことの方が正気じゃないと思いますけどね。だってそうでしょう? 人間、辛いことよりも楽しいことの方が心から動けるのですから」


 まるで子供に教える教師のように、ミステリオは高弁を垂れていく。


「好きこそモノの上手なれ。真剣に楽しく向き合い続けたことで、我が輩は腐蝕のコントロールという偉業を成し遂げたのです。何もしていない方々にとやかく言われる謂れはありませんね」


 そこで言葉を切ると、ミステリオは途端に侮蔑の視線をキョウカに向ける。


「まぁ理解してもらおうとは思いませんよ。なにせ、この美しき光景を目にしてもそのような悲痛の顔をしているのですから。我が輩からすればそれこそ正気の沙汰じゃありません」

「これがが美しき光景……ですって? こんな気色の悪いどこが……」

「それを理解できないからダメなのです。腐蝕のコントローラブルという、自然の力を従えた私のこの力! 全ては腐蝕への愛ゆえの結果です!! 科学は神に最も近づける手段とは言いますが、既に超えたと言っても過言ではないでしょうね!」

「——大地の寿命っていう科学の限界から目を逸らしてよく言うわね」


 金色の双眸に瞋恚の情を乗せたアステリアが、ミステリオを睨みつける。

 まるで視線だけで人を殺さんと言わんばかりの強烈な視線。

 だが、それを見てミステリオは怯えるどころか路傍の石を見るように視線を返した。


「誰ですか君は。今は大人が喋っているのです。関係のない子供は黙っていなさい。崇高な我が輩の言葉だけを耳にしていれば——」

「アンタが崇高? なに勘違いしちゃってんのよ。コロージョンなんてご高説を垂れてるけど、それが出来るようになったのは元を辿ればパパの【ウォーカー・レポート】のおかげでしょう? 人様の力を借りて、恥ずかしげもなく悦に浸ってるだけの小物がなに粋がってんのよ」

「なん……だと……! 何も知らない小娘が、我が輩を侮辱するかぁぁ!!」


 自分に対して絶対の自信があったのだろう。それなのにアステリアによって見下されたことでミステリオは激高する。

 しかし、それもほんの少しの時間のこと。アステリアの言葉の中にあった一つの単語に気付いたミステリオがニタリと口角をいやらしく上げた。


「——いや、小娘。今、パパとか言いましたな。ということは、アナタあの無能な科学者の娘ですか!!?」

「パパが、無能……!? 取り消しなさい!!」

「無能を無能と言って何が悪いのです? 【免疫接種イミュニティ】の強化から始まり『リバース・アクト』の草案とL・A・Rラルの開発。確かにこれらを見れば理論だけは優秀です。ですが——」


 最大の侮蔑の表情をしたミステリオがアステリアを見下す。


「結局はなんの成果も生み出せなかったゴミ理論!! 『リバース・アクト』もコロージョンも、成功に導いたのはこの我が輩!! パパ、パパと喚き散らし、その威光を借りて吠えているだけの小娘が我が輩を侮辱するなぞもってのほか! 世の中に出てもっと勉強してから出直しなさい」

「アンタねぇ……!」


 先程までとは打って変わって、慈愛の籠った笑みを向けられたことでアステリアの怒りが頂点まで振り切れる。

 怒りはスパークとして呼応し電気が身体から漏れ出ると、ミステリオがここで感情を『無』に戻した。

 

「ですがまぁ、この我が輩が侮辱されたままというのも気持ち悪いですし……。いいでしょう。——アナタたち、裏切り者のキョウカくんごと、彼女を始末していいですよ」

「リアッ!! お母さんッ!!」 


 ミステリオが腕を振り下ろしたのとほぼ同時、装置に隠れていたソレらに真っ先に気付いたキソラが後ろから二人を突き飛ばす。

 次いで、火炎放射器を抜き横薙ぎに放射。

 激しいの炎がそれを包み込むも、それが出来たのは僅かに二秒だけ。炎の中から強風が起こされ、かき消されたそこに立っていたのは強個体のヴァリアント。

 それが——。


「嘘でしょ……。アイツが一気に三体もいるなんて……!」

「それだけじゃないわ。あの三体、博士の指示に従ってた……。飼いならされた獣ほど厄介なモノはないわよ……」

「二人とも、私の後ろから出ないでね。アイツ等の相手は私がするから」

「何言ってるの!? 一人であの三体を相手に取るなんて無茶よ! アナタが戦うなら私も——」

「リアは今、冷静じゃないでしょ」

「——ッ!」


 図星を突かれた様にアステリアが目を見開く。

 そう、冷静ならば力を使わずともアステリアならあの程度の突進は余裕を持って躱すことが出来ていたはず。

 ここに来るまでの道のりと、父親を心の底から侮辱されたことにアステリアはもう冷静ではいられなかったのだ。


「それに言ったじゃん。絶対に守るって。今は落ち着くまで私に任せて。それまではキッチリ時間を稼ぐから」


 そう言い放ち、キソラは三体のヴァリアントと俯いたミステリオと対峙する。

 だが、ミステリオは喋らない。

 いや、喋れないのだ。

 ——なぜなら今、ミステリオは感激に打ちひしがれていた。


「キミ、なにをして——」

「——もしやもしやもしや! その顔立ち! 人類を超えているとしか思えぬその身体能力! 生きているとは思いませんでしたよ!! K-3641号!!」


 涎を垂らしながら、ミステリオがはしゃぎだす。

 それに嫌な顔をするのは当然キソラだった。


「あーそういえばあの実験の責任者だったんだっけ。なら、私のことも知ってるか」

「そりゃ勿論ですとも! 『リバース・アクト』の唯一の成功例を何故忘れることが出来ますか! アナタが産まれたあの日からずっと、アナタのことを考えて生きてきたのですよ我が輩は!」

「それはどうも。ちっとも嬉しくないラブコールだね」


 じりじりと話に紛れてじりじりとキソラは距離を詰めていく。三体同時にヴァリアントを相手取るのは厳しいことは流石に理解している。

 ならば真っ先に本丸を叩くのみ。ミステリオ司令塔を潰せはどうにでもなると、短期決戦の構えだった。


「そんなにべもなくフらないでくださいよ。アナタがいれば、こんな出来損ないを作り続けなくて済んだのですよ? もっと応えてくれてもいいじゃありませんか。じゃないとこの子たちも可哀想でしょう」

「出来、損ない……? この子、たち?」


 その言葉で、キソラの歩みが止まる。


「アナタの歓迎すべき同胞たちですよ! いえ、弟や妹と言い換えてもいいかもしれませんね。なにせ、コイツ等はアナタがいなければ生まれなかった代物ですから! せっかくなんですからもっと仲良くしてあげてくださいよ!」

「——ッ!!」


 完全にキソラの思考停止する。

 あのミステリオの言葉で、気付きたくないことに気付いてしまったのだ。


「? なんです? もしかして気付いていなかったのですか? ここに来るまで何度か遭遇したでしょうに、随分と薄情なことですね」

「なにを……言って……!」

「仕方ありませんね。教えてあげましょうか」

「いや……やめて……!」


 思わず足が引いてしまう。戦う覚悟も守る決意もした。

 だが、この言葉を受け入れる覚悟はしていなかった——。


「コイツ等は我が輩がコロージョンの理論を元にL・A・Rによって活性化させた微生物腐蝕と人体を組み合わせた新たな『リバース・アクト』の産物です。机上ならK-3641号と同等のモノが産まれるはずだったのですが、結果は御覧の通り。腐蝕を纏い、身体を維持するために生物を取り込まんとするただの出来損ないに成り果ててしまいました。まぁこれはこれで使い道がありますが」

「はっ、はっ、はっ……!」

「なんて、ことを……!」


 言葉の一つ一つがナイフとなってキソラの心を切り裂いていく。

 人間と腐蝕の融合体。人体の構造を保ちながら、多少なりとも炎の中でも生き延びられるその耐久性。

 劣化版だが、考えれば考えるほどにヴァリアント=キソラの公式が成り立とうとしていた。

 そして、問題なのは元となった人体はどこから来たのかということだ——


「ミス……テリオ……! キミ、もしかしてヴァリアントの調達源は……!」

「ヴァリアント? あぁコイツ等のことですか。ただの一号、二号とかとしか呼んでいなかったので気付きませんでしたね。せっかくなので使わせてもらいましょうか。——えぇ、そうですよ。アナタの想像通り、コレの元は灰塵都市スクルータの人間です。良かったですね、クズが役に立てて。これぞ自然に優しいリサイクル!」

「——ッ!」

「ただまぁ、アナタという唯一の成功例でロクなデータを取れなかったせいで、結構な数を攫ってくるのも苦労しましたよ。ですが、そこは流石の我が輩! ヴァリアントの制御を可能としたことで実験と実践を同時に行うことが出来たのです!」


 愉悦に浸ったミステリオが喜々として自分の成果を話す。それはまるでテストで良い点を報告する様な子供のごとき姿だった。


「知っていますか? 腐蝕の大元は微生物によるものですが、活性化させると僅かながらに意思の様なモノを持つようになるんです。そして元の人間の脳を生きたまま弄り、特別な信号のみで身体が動くようにすると、憑りついた活性化微生物もそれに従うようになるのです」

「アナタ……人間を何だと思って……!」

灰塵都市スクルータの人間なんて、この世のモノを食らって生きる害獣みたいなものでしょう? なにを言っているんですかアナタは」

「害……獣……?」


 目を見開き、体を震わせたキソラが静かに呟く。


「ですが、実際に従わせるようになるまでに何体ものモルモットや同僚が廃棄になったことは我ながら反省していますよ。せっかくの材料と人材を無駄に消費しましたからね。ちなみに、本当なら我が輩は灰塵都市を消したくないんですよ? 上の意向で言われたから仕方なくやるだけであり、我が輩としては貴重なモルモットが消えることは——」

「——もういい。キミはもう、それ以上喋るな」


 静かに、それでいて燃え滾る瞋恚の炎がミステリオの言葉を遮った。

 その炎を見てミステリオはまた目を輝かせるが、それを完全にキソラは無視する。猛々しく燃え上がる右手とは違い、彼女の双眸は凍えるように冷たかった。


「キソラ……?」

「なんだろうね、この気持ち。私が実は人間を消していたとか、申し訳なさで心がぐちゃぐちゃになっててさ。その一方で、今すぐにでもあの男を消したいって叫んでいてさ。でも——」


 そこでキソラはヴァリアントを見やる。

 炎を見て完全に停止しているヴァリアントたちだが、今の『彼ら』はキソラにとって怯えている様にしか見えなかった。

 ミステリオの手によって歪められ、既に人としての意識はないとしても、ヴァリアントの個体に意思があるのなら——


「——まずは、今すぐ解放してあげないとね」

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