3-2 L・A・R

「——まさか灰塵都市スクルータの街にこんな立派な建物があるなんてねー。表の見た目はただの古びたオフィスビルみたいだったのに、入って地下に向かったらあら不思議。色んな部屋に広いトレーニングルームが複数。それに小さいとはいえどの部屋にも電気がちゃんと通ってる。地下とは思えない充実具合じゃん」


 仄暗くもしっかりと光量を放つ蛍光灯を見て、関心するキソラの声がだだっ広い部屋に響き渡る。

 ここもまた、ディアラとヨシハルが摸擬戦をしている部屋と同様、スペルビアのトレーニングルームの一つ。そこの入り口に、キソラとアステリア、そしてキョウカが立っている。

 キョウカはいつもの白衣姿でタブレット端末がその手にある。キソラとアステリアの恰好は肌色面積の多いスポーティな服装。腕・脚・へそがハッキリと見えるソレは短距離選手のセパレートスタイルの様だった。


超万能培養細胞ハピリスのおかげで、建築・改築はやりやすいからね。設計図と資金が整えられるのなら、このくらい誰でも造れるわ。まぁここは私のトレーニング用に耐衝撃性と耐火性を上げた特殊なルームだけど」

「へぇ~」

「それにしたってよくもまぁここまでの設備を作り上げたモノよ。建物とかも勿論だけれど、使われてる機材が最新機器ばかり。医務室にあった医療器具も、このタブレット端末もそう。灰塵都市スクルータじゃ、廃品ですらお目にかかれないわよ?」

「世の中も一枚岩じゃないってことよ。こういうことをしてるとそれなりに支援者もいるのよね。まぁ、純粋な気持ちってよりかは世界を救った後に利権を得る為の投資みたいなものだろうけど」


 第三者の打算的な考えを気にせず、あっけらかんとアステリアは言う。


「世界を救う……ねぇ。ねぇアステリア、あなた達はその……本当に世界を救えるつもりでいるの? 大地の寿命を延ばすなんて、C機関でも出来なかったことなのに……」

「渡した仮説は読んだんでしょ? なら、あとはそれを実証するだけ。キソラのその体とキョウカの知識、そしてディアラの経験があれば可能性は高いはずよ。難しいことは分かってるけど、やれることがあるなら動かなきゃね。そう思ったからキョウカもここに来たんじゃないの?」

「そうだけど……」

「まぁまぁお母さん、なんとかなるって! 人助けは私の専売特許なんだし、これは私だけじゃの力じゃない。沢山の人の手があって、助けられる範囲が広がったんだからきっと、うん大丈夫!」

「また、あなたはそんな楽観的に……」


 保健室での落ち込み具合が嘘の様に明るいキソラを見て、キョウカの肩の力が抜けていく。

 スペルビアが構築した仮説は、言葉だけを並べるなら実に簡単。腐蝕に耐える免疫を獲得したキソラの細胞——『K/blood』を媒介にして、本当の意味でL・A・Rラルを完成させる。

 それを適切な場所に打ち込み、大地の再生を促すのだ。言うは易しだが、奇跡の産物とはいえ『キソラ』という成功例がある以上、希望はある。


「キョウカは悲観的になりすぎなのよ。世界を救おうっていうんだから、もっとキソラほどとは言わないまでも、ちょっとは明るく過ごさないとやってられないわよ。それに、アナタも一応そのつもりではあるんでしょ? 実際にL・A・Rを作り上げてるんだから」

「L・A・Rを作り上げた……?」


 目を見開いてキョウカが驚く。

 

「とぼけてる……ってわけじゃなさそうね。でも、だとしたら何でユウリとヨシハルが腐蝕に耐えてるの? アナタ以外に作れる人なんていないでしょ」

「あ、もしかしてあの時の!?」


 そこでキソラが思い出す。【黒い胞子】が降り注ぎ、あらゆるものを腐蝕させていた中で影響が全くと言っていいほど出ていなかったユウリとヨシハルの姿を。

 邑上むらかみ兄妹はちゃんと母から産まれた人間だ。キソラの様に作られた存在ではない以上、あの時に二人はどこかしらが腐蝕しているのが常識なのだ。

 そうでないのなら、何かしらの要因があってしかるべきだった。


「あの二人が、腐蝕に耐えた……!? ——あっ……!?」

「思い当たることがあるのね」

「実は……学校で打っていた【免疫接種イミュニティ】は私が改造して作ったやつなの。研究として残っていたキソラのデータと細胞を混ぜてて……。五百倍に希釈したから、せいぜいが【免疫接種】よりも健康体になれるくらいだと思ってたんだけど……」

「なるほどね。まぁ腐蝕に障らないのなら本来の性能に気付くはずもないか……。いわば、L・A・Rのデチューン版ね」

「お母さん……また黙ってそんなことしてたんだ……」


 関心するアステリアをよそに、呆れたと言わんばかりの視線をキソラが母親に向ける。

 当の本人はちょっとした罪悪感から思わず目を逸らしてしまった。


「うっ……! で、でも勿論自分で試してからやったから! あ、安全性はしっかりと保ったうえで——」

「お母さん」

「はい、ごめんなさい。隠していてすみませんでした」


 ぴしゃりと窘められ、綺麗に腰を折って謝るキョウカ。母の威厳は皆無だ。


「コントはそのくらいで。隠していたキョウカはさておき、この情報は私たちにとっては僥倖よ。たとえそれがデチューン版だったとしても、成功例がここに二つもあるのなら可能性はかなり高くなったわ。こっちじゃ不完全版しか作れなったから」

「そ、そうね。仮説を裏付けるには十分よ」


 持ち直し、冷静さを装うキョウカにアステリアがリーダーとしての指令を出す。


「とりあえず、キョウカはそのデチューン版を改良したやつをすぐに作って頂戴。完全版じゃなくて、拒絶反応が少しでも抑えられたならそれで構わないわ。出来る?」

「完成までに段階を踏む必要があるから、その過程で出来ると思うけど……。アナタもしかして——」


 腕を交差させストレッチを始めるアステリアをキョウカが問い詰めようとした時、後ろから扉の音が聞こえてきた。

 振りむくとそこには金色の髪を団子にした幼女が無言でトレーを持って立っていた。

 たまご型の顔にある眉は吊り上がり、少したれ目の大きな灰色の瞳。頬はもちもちと柔らかそうで、スイセンの絵が描かれたナイロンコートをだぼっと着ている。


「……リア、たのまれたのもってきたよ」

「ありがとう、今そっちに——」

「——うわぁ可愛いーー!! ねぇ君、名前なんて言うのかな!? 私はキソラ! 一応、十七歳! あっちは私のお母さんのキョウカで、三十歳!」

「まだ二十九よ」


 アステリアが向かうよりも早く、目を輝かせたキソラが勢いよくかがんで、満面の笑顔と一緒に目を合わせる。

 一方、幼女は無表情・無言でガン無視。キソラの後ろにいるアステリアだけをじっと見つめるばかり。

 無言の時間が続く。


「…………」

「えっとー……」

「ふふっ大丈夫よ。このお姉さんはもう私たちの仲間だから。そう警戒しなくてもいいわ」

「……ん、わかった。よろしく、キソラ姉ぇ。わたしはクー、七さい」


 鈴が転がるような綺麗な声色で淡々とした自己紹介。

 それだけを言うとクーはキソラの目の前から離れアステリアにトレーを手渡した。トレーの上には、無針注射器が一本乗せられている。


「……はいこれ」

「ありがとうクー」


 絹の様な金糸の髪を撫でながら、アステリアが注射を受け取る。手のひらでそれを転がし、中身が入っていることを確認した。

 それをじっとクーが見つめている。

 アステリアを見つめるその表情には少しばかり感情が浮き出ていた。悲しそうに、辛そうに、そして怒る様に。


「……ねぇ、リア。ほんとうに、やるの? うち、リアがきずつくと、みたくない」

「ごめんねクー。でも、これは私のやるべきことで果たすべき責任なの。分かってくれる?」

「………ん」


 こくり、と小さく頷いたクーに優しく微笑むと、アステリアはキソラに向き直る。


「ってことで、キソラ。早速だけどガチで戦おうか」

「なんで!? いや、こんな格好してるから動くのかとは思ってたけど!」

「アナタの能力の確認とどれだけ戦えるのかってことと、私の戦闘データの取得かしら。拒絶反応のデータも取って、私の血に馴染めるようにしてもらわないとね」

「……キョウカ姉ぇはこっち」

「え!?」


 クーに手を繋がれ、トレーニングルームの隣にある解析室にキョウカが連れていかれる。

 この場には、血気盛んなアステリアと戸惑うキソラが取り残された。


「じゃ、準備が整ったことで。いい、キソラ? ——本気で来ないと死ぬわよ」

「——ッ!!」


 アステリアが注射を首に打ち込む。その中身は、スペルビアが開発したL・A・R。

 強制的にヒトの能力を超えさせる、悪魔の様な『力』だ。


「アナタには言うまでもないことだけれどね、L・A・Rに認められた人間は身体能力の向上や再生能力を得られるだけじゃないの。人類を超えた存在って言われる理由はもっと別にあってね——」


 浮き出た血管が獰猛な笑みによって歪み、膨らむ威圧感に呼応するかの様にアステリアの左半身からバチバチと『電気』が迸る。


「それ……は……」

「いくわよキソラ。ただのモルモットになれ果てたくないのなら、ちゃんと防ぎなさい——!」

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