3‐3 呼び起こす本能【覚醒】

「嘘っ……!? L・A・Rに適合してるの……!? それに【覚醒】まで……!」

「……かくせい?」


 解析室から見える、強化ガラスに挟まれた向こう側。電気を纏いながら攻撃をしかけるアステリアにキョウカが驚きの声を上げた。

 その隣でクーがきょとんと首をかしげている。


「えっと、単にL・A・Rに適合するっていってもそこには段階があって……。最初の拒絶反応をクリアすれば、第一段階として身体能力の向上と再生能力を獲得できるの。実験でも、短時間とはいえそこをクリアできた例もあったわ。ただ、そこから先で拒絶反応を起こした人の細胞を調べたら拡張部分にまだ余裕があることが分かったのね」


 相手がまだ七歳ということも忘れ、見入ったキョウカが滔々と語っていく。、


「その部分を【覚醒】って呼んでいて、それがアステリアが今使っている力。それが第二段階、本格的な脳のリミッター解除。使われていない脳の領域が拡大されて超常現象じみた力を引き起こす——って推測は立てているけれど……」

「ふーん。じゃあよくわかってはいないんだ」

「そうね……。例も少ないし、ブラックボックス化されてる脳のことを解明するなんてほぼ不可能よ。でも、発現条件だけは確定しているわ」

「なに?」

「第一段階を経た上での、強烈なまでの生存本能の励起。死にたくないって本能が脳を呼び起こすんでしょうね。ただ、第一段階の時点で既に他の人間とは一線を画す存在なわけだから——」


 どんな困難が目の前に降り注ごうとも、身体能力の拡張だけで大体のモノはクリアできる。それはこれまでのキソラの救出活動をみればよく分かるだろう。

 生存本能が強烈に活性化してしまう場面なんて、そうそう起こり得ないはずなのだ。


「——あの小さな身体でどれだけの死線を潜ってきたっていうの……?」


 口角を釣り上げながら、キソラを思いっきり蹴り飛ばすアステリアを見て思わずキョウカは自分の腕をさすっていた。





「——うぐッ!! ったいなぁ、もう……!」


 勢いよく、キソラが壁に叩きつけられる。背中から走る衝撃は、キソラにとって初めての体験だ。

 鈍い痛みに顔を歪め、前を見据えるとアステリアが既に間合いを詰めていた。


「やばっ!!」


 電気を纏う左ストレートが顔面を狙っていることに気付くと、急いで左に前回りして回避。その背後で、耐衝撃性のある壁から鈍い衝撃音が聞こえてくる。


「ほらほらほら! 防戦一方でどうするの!」

「そんなこと言われたって……! このっ……!」


 かかって来るアステリアにカウンターで、破れかぶれに右蹴りを放つもそれ以上の超反応で逆に左蹴りで反撃を食らってしまう。

 ヨシハル、そして記憶に残る軍人――エヴァンスたちと戦闘経験があるキソラでもその相手は結局『人間』だ。

 自分と同じ性能以上の相手と戦ったことなんて一度もない。

 それでも——。


「……! そこ!!」

「ッ!? 流石っ!!」


 バチバチと、電気が迸る音が耳に迫った瞬間を狙い右裏拳。上体を仰向けに倒したそれを避けたアステリアに追撃を仕掛け、床に叩きつけようと顔面に向かって硬く握りこんだ左拳を放つ。

 そんな避けれるはずのない攻撃も、一層電気を弾けさせるとその場からアステリアが消える。

 間合いが空き、再び対面。余裕な笑みを浮かべるアステリアとは裏腹に、キソラは苦虫を噛んだ様な表情だ。


「これでもダメなんだ……」

「動きが分からないなりの即時対応は良い感じだったわ。そこら辺は経験によるものかしらね。でも、それが通じるのは『人間』相手だけよ!」

「くっ……!」


 電気が弾け、猛攻が再スタート。右、左。上下。猛スピードで繰り出される拳と蹴りの連撃にスレスレで避けていくも、触れる電気がキソラの肌を焼いていく。

 人間性の拡張と言う様に、L・A・Rで引き上げられた人体の性能は実際のところ延長線上にある。身体能力の向上は筋肉密度が高くなり、再生能力は自己治癒力が桁外れに高くなるから。

 であれば、脳のリミッター解除となればどうか。10%しか使われていないという人間のその潜在能力を100%使えるのだとしたら、人間の真価は可能性に満ちている。

 それこそ、体内を巡る電気信号を増幅させ雷のごとき力を発生させる様に。フルスロットルでアステリアは動き続けていた。


「—————!」


 ——と、それが続いたのは十数秒程度。いきなり電池が切れたロボットの様に、動きが止まった。

 怪訝な目で見つめると、そこには滝汗をかき息を荒げたアステリアの姿が。

 

「ちょ、ちょっとリア!? 大丈夫なの!?」 

「問題……ないわ……。それより、聞きなさい……」


 息も絶え絶え。浮き出ていた血管が破れて血が噴き出し、今にも倒れそうだ。それでも、血を流す眼からは戦いを中断させる意思は感じられない。


「はー、はー! ふぅぅぅ……。い、いい……? 腐蝕の弱点は、『熱』なの……。この世界には色んな武器があるけど……腐蝕の前じゃ結局は無意味……。純粋なエネルギーとして攻撃が一番有効なの……。そしてそれが出来るのは私たちだけ……」

「私……たち……」

「だから、早くアレを出しなさい……。次はもう防げないわよ……!」


 それはまるで風前の灯の様。

 アステリアが力を振り絞り、全ての電気を左脚に集めると眩しいくらいに鋭く光る。

 弾ける紫電。迸る殺意。キソラの命を切り裂かんとアステリアの最後の一撃が放たれる。


「—————あ……」


 目の前に迫る、確定する死。

 避けようのない『絶対』を目にすると、なにも思考できない。動くことも恐怖を抱くことすらできなかった。

 理性が崩壊。その瞬間に、キソラの脳が焼けるように熱くなる。脳内麻薬が溢れ出し、閉ざされていた『本能』が開く。

 走馬灯の様に映るキョウカやヨシハル、ユウリ、灰塵都市スクルータの人々を、猛々しく燃える炎が包み込んだ。

 青空色の瞳が、より美しく輝きを放つ。


「こんなところで、死んでたまるかぁぁぁぁぁ!」

「——ッ!!」


 咆哮と共に右手に現れたのは、全てを燃やし尽くさんとする劫火。

 雷の左脚を薙ぎ払うと同時に一瞬にして身の丈ほどの大きさになった炎が、アステリアの全身を飲み込んだ——。





「……ねぇリア、本当にもう大丈夫なの? 見てて痛々しいんだけど。死なない?」

「死なないわよ。でもまぁ、ぶっちゃけかなりしんどいわ。こっちはアナタみたいに自動回復もなければ、リミットがないわけじゃないんだし」

「リミット?」

「適合したっていっても、ソレ様に改造された人間じゃないんだから100%は適合しないのよ。ましてや、スペルビアのL・A・RはC機関も投げ出した未完成品なら尚更ね。どこかで拒絶反応が起きるのは当然でしょ」


 お互い倒れ伏しながら、会話を繰り広げる。トレーニングルームは、電気や炎、衝撃でボロボロだ。

 ただそれ以上にボロボロなのが、アステリアだ。電気を纏っていた左脚は軽傷だが、それ以外は火傷だらけ。酷いところは焦げまであり、極度の疲労によって力尽きたその姿は死に体そのものだ。

 キソラも炎の中を走った電気によって上半身が切り裂かれているが、既に再生しつつある。


「そこまでしてお父さんの遺志を……?」

「別にパパの子だからってわけじゃないわ。私がやりたいからやってるの。誰だって嫌でしょ? 自分の居場所がなくなるってのは。それだけの話よ」

「———」


 平然と、当たり前の様に答えるアステリア。

 その言葉で、キソラはざっくりと考えていた自分の進むべき方向と役割がきちんと定まった気がした。


「……そっか。戦う理由はそれだけでもいいんだ」

「——あなた達、無茶しすぎ。仲間内で、死ぬ寸前まで戦うなんてどうかしてるわよ」


 小さく炎を宿した手を眺めていると、解析室からキョウカが呆れながら出てきた。

 後ろに続くクーがまた、注射器を置いたトレーを持っている。


「……仕方ないじゃない。この戦いはこれからに必要だったんだから。おかげでキソラは火力を操れるようになったみたいだし。ね?」

「うん。仕組みはよく分からないけど、自分が出せる最大は理解できたかも。ここっ!って感じで思いっきり出せそう」


 先に回復したキソラが跳ね起き、炎と一緒に手を振る。

 

「良し。ならあとはキョウカの方ね。どう? 出来そうかしら?」

「多分ね」


 クーが差し出す針付きの注射をキョウカが持ち、疲労困憊のアステリアの腕から採血を始める。


「つつっ…」

「覚醒にまで至ったL・A・R適合者の情報を解析して、組織に組み込めば少なくともあなたに馴染む専用のL・A・Rは造れるかもしれないわ。それなら、完全とはいかないまでも拒絶反応を抑え込んで、持続時間は伸びるでしょうね」

「なら頼むわ。再生治療があるとはいえ、一々戦うたびにこんなボロボロになるんじゃ話にならないから」

「はいはい。キソラも覚悟が決まったようだし、私も役目はきちんと果たすわ」


 唐突に名前を呼ばれて首をかしげるキソラに、キョウカは苦笑する。

 その決意を聞き、アステリアは鉛の様に重たい体を起こしてキソラの肩を借りた。


「なるべく急いでね。それと並行してL・A・Rの完成も。理論はあとで送るから、決行日までにはよろしく」

「人使いが荒いこと」

「仕方ないでしょ。——もう、時間は少ないんだから

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