とある兵士の日常
ラヴィラビ
とある兵士の日常
7月10日、天気は重苦しい曇天。ネイサンは建物の影からライフルを構え、静かにスコープを覗いていた。
彼は陸軍特殊部隊に所属する兵士であり、3人の戦友達と共に作戦行動中。現在は市街地の戦車部隊を壊滅させるために廃屋に隠れていた。敵部隊との距離は約200メートル。敵に見つからないよう2日ほど廃屋暮らしをしながら、ようやく距離を詰めた。
スコープの先には3台の戦車が縦一列に並んでいた。その周りを5、6人ほどの兵士が交代で見張りをしている。
ネイサンの役目は中央の戦車のガソリンタンクを狙撃すること。なぜなら、彼が部隊で唯一のマークスマンだから。
しっかりとストックを肩に当て戦車後部のガソリンタンクにピタリと狙いをつける。幸運なことに今日は風がなく、目立った遮蔽物も見当たらない。落ち着いて撃てば決して外すことはない条件がそろっている。
しかし、集中すればするほどネイサンの頭に不安が過る。外したらどうしようか、敵に気づかれたら戦車の砲撃で散ることになる。頭に浮かぶのはネガティブなことばかりだ。
そんな時だった。隊長のジャックが口を開いたのは。
「おいおい早くしてくださいよぉ~。
「……うるさいぞ。黙ってろジャック」
ジャックの言葉にネイサンはムッとした。なぜなら、この部隊でマークスマンはネイサンの蔑称なのだから。その昔ネイサンは狙撃手を志していたが選抜試験に落ちた。旧知の中であるジャックはそれを知っていてネイサンを
ジャックの悪い癖が出た。緊張が高まるとすぐにふざけだす。こんなお調子者が部隊長だと、ネイサンは未だに信じられなかった。
しかも彼の立てる作戦はイカれていると思わされるものばかり。現にネイサンが戦車のガソリンタンクを撃って、ガソリンが漏れたところに魔導士のハミルが火矢を打ち込んで爆破するというハリウッド映画もビックリな作戦を立案したのは彼だ。
そんなジャックを一旦は無視してネイサンは再び狙いをつける。
「……いけるのか?」
そう呟いた瞬間ネイサンはハッとした。奇襲性が重要な作戦において初撃という重要な役割を担う自分が弱音を吐くなんて。
思わず隣に並ぶ仲間達の顔を見る。おそらく聞かれていたのだろう。ジャックは今にも吹き出しそうになっている。最後方にいる通信士オカベは聞こえていなかったのだろう、またかと呆れたような目で3人を一瞥すると周囲の警戒を続けていた。
そして隣に居るハミルは真剣な顔で肩に手を乗せて言った。
「安心しろ。もし外しても俺が貫通矢で射抜いてやる。楽にやれ」
「チッ、余計なお世話だ。良いよな魔導士は何でも出来て。矢にエンチャントできるし、バリアも張れる。おまけに高給取りと来た」
「でも、貰える武器は弓矢と剣だ。原始人かよってな」
プライドを傷つけられたネイサンが噛み付くもハミルは自嘲気味に笑って言う。その体格の大きさに比例して器も大きい。やはり、この部隊の中で1番モテる男は一味違うらしい。
ちなみに先述したとおり彼は魔導士という兵科だ。魔法と言う概念が存在するこの世界において、少数であるが故に貴重な魔法が使える人物のみに許された兵科。魔法を駆使して弓矢や剣を強化し縦横無尽に戦場を駆け回る姿は老若男女から英雄視され、ネイサンも言ったが軍内では高給取りとして知られている。
ハミルの手を払いのけ、ネイサンは罵詈雑言を浴びせる。ついでに後ろのジャックにも文句を言ってやった。
すると、その光景を見かねた通信士のオカベが全員に言った。
「あー、君達。そろそろ作戦開始した方がいいんじゃないかな? 皆、早く家に帰りたいだろう?」
「それはそう。……と言うわけで、今は作戦に集中してくれエンジン全開のネイサン君」
「……チッ、わかったよ」
オカベとジャックに諭され、舌打ちを返しながらも渋々ネイサンはポジションに着いた。しかし、言いたいことを言ったおかげか少しイライラしているものの、頭の中から不安は消えていた。
そして再び敵戦車のガソリンタンクに狙いをつけた時、思い出したようにオカベが言った。
「そういえば戦車を壊した後の敵兵はどうやって処理するのかな?」
「あー、そういえば考えてなかったわ」
「じゃあ、俺がバリアを張りながら突撃しよう。援護は任せた」
「え~、じゃあ俺も行く~。俺も剣持ってるし~」
こいつは馬鹿なのか。唐突なジャックの突撃宣言にネイサンは呆れた。指揮官が突撃する部隊なんて聞いたことがない。そう思ったがジャックがイカれているのはいつものことなのと、ジャックが敵に囲まれてあたふたする所が見たいため、あえて何も言わなかった。
しかし、呆れていたのはオカベも同じだったらしく仕方がないなと言った様子で溜息をついた。
「わかった。じゃあ、念のため航空支援を要請しておこう。ハルルード隊には貸しがあるんだ。———こちらチームJ.O.H.N.(ジョン)。ハルルード航空隊応答せよ」
「頼もしいねぇ。良い仲間が居て俺も仕事が楽だよ」
「もっと働いてもいいんだぞ。ジャック隊長」
オカベが通信している横でネイサンはジャックに嫌味を言った。しかしながら、無線1本で航空隊を動かせるとはオカベは一体どんな貸しを作ったんだろうか。
疑問を残したままオカベが通信を終える。
「———オーバー。……よし、10分後に機関銃掃射と帰りの飛行機も用意してもらえるって。ジャックとハミルは敵陣に突っ込んで信号弾が上がったら帰って来てくれ」
「オッケー、ありがとう。んじゃ、やりますか。今度こそお願いしますよマークスマン」
「了解した。……ハミル、そっちに合わせる。合図を」
「感謝する。———3、2、1、撃て」
ハミルの合図で引き金を引き切る。初撃は当たった。タンクからガソリンが漏れ、敵が慌てふためいている。そこにハミルが魔法の火矢を放つと瞬く間に炎が燃え広がり、中央の戦車が爆発した。
ネイサンは間を置かず左の戦車のガソリンタンクを撃った。流れを崩したくないという理由もあるが本当の理由は焦ったのだ。しかし、ハミルはタイミングよく火矢を放つ。おそらくネイサンが焦るのを分かっていたのだろう。明らかにハミルの方からネイサンに合わせていた。
それから戦車3台を作戦通り破壊するとオカベの言った通り敵がネイサン達の部隊に向かってきていた。おそらく戦車の後ろにでも隠れていたのだろう。敵兵はざっと数えるだけで10数人は居る。
急いで迎撃するも当然ながら敵にも魔導士がおり、何人かは魔法のバリアで銃弾をはじいて突撃してくる。
ネイサンの隣でハミルとジョンが腰の剣を抜いた。ネイサンは冗談だと思っていたが本気で突撃するつもりらしい。その証拠にハミルはジャックを包み込むくらいのバリアを周囲に張っている。
驚く暇もなく2人は雄叫びを上げて突撃した。戦闘でハイになっているのか、2人の奇行にネイサンは思わず笑みが零れた。それはオカベも一緒だったようで寡黙な彼が珍しく笑っていた。
「ハハハッ! あの2人ホントに突撃したよ!」
「あいつら本当に馬鹿だよな!」
奇人2人のことを笑いながら援護する。2人は魔導士の相手をしているため、ネイサンは他の兵士が近づかないよう狙撃する。オカベは敵の足止めをしながら時々時計を見ている。
掃射の時間が来たのかオカベは空に向けて信号弾を打ち上げる。
すると、上空から戦闘機が現れ地上に機関銃の雨を降らせる。ジャックとハミルが気になって様子を見ていると、2人は弾丸の雨に追い付かれないよう必死にこちらへ走っていた。その光景がおかしくてネイサンとオカベは腹を抱えて笑った。
それから4人は予定通り飛行機で本国へと戻った。そして戦闘の高揚感が冷めないまま、他の部隊も連れて近くの安酒場へと繰り出した。
* * *
「———そしたらコイツ何て言いだしたと思う? 『俺も行くぅ』だってよ! その時は正気かと思ったぜ!」
「おいおい、狙撃にビビってた奴が何か言ってるぜ!ガハハハハ!」
「2人とも少し飲み過ぎじゃないのかい?」
「まあ、戦闘後くらいいいじゃないか。ほら、オカベも何でもいいから飲め。今日は君の国で言う『ブレイコウ』だ」
4人は客であふれる酒場の隅で円卓を囲んでいた。
浴びるようにビールを飲み騒ぐネイサンとジャック。正反対に見られる彼らだが酔えば似た者同士だ。オカベは2人を心配しているようだったが、楽しそうに2人の会話を見ている。そしてハミルが気を使ってオカベにジュース入りのジョッキを差し出す。
戦場では気が気でないネイサンだったが、本国に帰り戦友達と酒を飲みかわすと生きていてよかったと思えた。兵士なんて仕事を辞めていないのも案外そのせいなのかもしれない。
それからジャックがジョッキを掲げ何度目か分からない乾杯をしようと言い始めた。
酔いに酔っていたネイサンは勢いよくグラスを掲げる。それにハミルが続き、やれやれとオカベもジョッキを掲げた。
そうして誰が先と言うわけでもなく全員で号令する。
「祖国に!」
「俺達に!」
「作戦成功に!」
「君達に!」
なんてことだろうか皆それぞれ言うことがバラバラだ。それが面白くて4人は笑い出し、「合わせろよ」と言い合う。
そして号令など、どうでも良くなってこう言うのだ。
—————乾杯ッ!!
ゴツンと4人のジョッキが力強くぶつかる。神様が鳴らす勝利の福音よりも良い音だとネイサンは思った。
おそらく戦争はまだ続く。戦争が続く限り4人も戦い続けることになるだろう。とは言え、ネイサンはこの4人となら少しは面白おかしく戦い抜けるだろうと思った。
とある兵士の日常 ラヴィラビ @read_ralver
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