中編


「おはよ春満、朝練どうしたの? 私は調子いいから出たよ」


 開口一番、眠そうに欠伸あくびして俺を迎えたのは昨日までカノジョだと思っていた白鳥秋楽だ。情けないが秋楽とキスすらした事が無い俺は気後れしていた。


「そっか……あ、のさ、今日は、その」


「どうしたの? 元気無いね?」


 お前のせいだとは言えないし俺は家で夏純と何度も練習した言葉を言おうと必死に口を動かした。


「昼休みに話せないか?」


「うん、いいよお昼一緒に食べる時に」


「二人きりで……話が、中庭のベンチで……」


 少し不思議そうな顔をしたが分かったと言って笑顔で「二人っきりだね」と言った事に俺は怒り以上に恐怖を覚えた。ここまで人は堂々と嘘が付けるんだと愕然とした。そして昼休みがやって来た。


「え? 昨日なら調子悪くて家で休んでたけど?」


「そっか体……もう大丈夫?」


「今日は絶好調、昨日ゆっくり休んだからかも」


 昨日の話の返答がこれだ。浮気相手とやることやって絶好調かよと言いそうになるけど俺は耐えた。このまま決定打も無く俺は逃げ腰だった。


「ハル!! いい加減にして、この浮気女に言わなきゃダメだよ!!」


 だが、それは突然現れた幼馴染が許さなかった。中庭の茂みをかき分け葉っぱと小枝を頭に乗せ夏純が出現したのだ。


「夏純……」


「え? えっと鴨川……さん?」


「いい加減にしろ浮気クズ女!! 昨日あんたが男とホテルから出てくるのハルが見ちゃったのよ!!」


 その言葉で場を沈黙が支配したが少し間を置いた後に秋楽から返って来た言葉は予想以上に軽い言葉だった。


「なぁ~んだ四ヶ月しかキープできなかったんだ……」


「ど~いう意味!! 浮気女ぁ!!」


 なぜか俺以上に攻撃的な夏純を見て逆に落ち着いた俺だが秋楽も恐ろしい事を言い始めた。


「そのまんまだけど? てか当馬くんとは中学から付き合ってんだけどね」


「え? 中学……から?」


 つまり俺は浮気されていたんじゃなくて俺が浮気相手だった?


「うん、それで高校入ってからデート減って刺激も無くて飽き始めててさ、二人って幼馴染同士なんでしょ私の気持ち分からない? それで春満に声かけたの」


「私とハルはちがっ――――「ま、待ってくれ、じゃあキープって……」


 冬花先輩に振られて数日後に陸上部で秋楽に声をかけられたのが始まりだ。夏純とも距離を置いていた時期で数ヶ月後に告白され俺達は付き合い始めた。


「このまま別れるなら春満で良いかな~って告った時は思ってたんだけど最近すっごいの当馬くん!!」


「すごい?」


「シてるの時に春満の話すると次は絶対勝つとか言って――――」


 昨日の鎌瀬 当馬かませ とうまは中学以降も陸上を続けていて地区大会や県大会で何度も競った仲だ。中学の頃からのライバルで戦績は俺の方が少し上だ。


「黙れ!! 二股クソ女!!」


 その言葉を遮ったのは夏純だった。凄まじく怒って顔も真っ赤だが俺はもう目の前が真っ暗で話を聞いているのが限界だ。


「てか鴨川さんが怒ってるのって……かなりスカッとする~」


「は? なに言ってんの?」


 秋楽は俺と夏純を見ると醜悪な笑みを浮かべ喋り出す。昨日までの笑顔は二度と見れないだろう。


「だって去年の文化祭の一年人気投票一位で、家はあの鴨川ホールディングスのお嬢様、だから、ざまぁって感じかなぁ~」


「……私はどうでもいいけどハルに謝りなさいよ!!」


「もういいよ夏純……。秋楽、もう別れて、くれ」


 俺はやっと口から言うべき言葉を吐き出した。


「うん、いいよ、あと当馬くんは知らないから黙っててね、じゃあね~」


 だが返って来た言葉はあまりにも軽く俺はさらに心をエグられ愕然とした。


「もう二度とハルに近付くな!!」


 その後、俺は夏純に付き添われ早退した……限界だった。




 あれから一週間、俺は引きこもっていた。裏切られたと分かっても楽しい日々を思い出す度に全てが嘘だったという現実が俺を襲う。思い出は呪いだ。


「はぁ……」


 ドアの向こうでは今日も母と夏純の会話が断片的に聞こえる。あの日から夏純は毎日、俺の家に見舞いに来ていた。なんだか昔に戻ったみたいで嬉しかった。


『いいの? 任せちゃって』


『大丈夫よ、ハルママ!! だって私が――――』


『――――夏純ちゃんがうちの子と付き合ってくれたらね~』


 二人の話を聞いてズキンと心が痛んだ。そうだ夏純はもう他に恋人がいる。いつまでも俺が甘えていい相手じゃない。それで決心した俺はドアを開けた。


「ふぅ、じゃあ行くか……」


 そのまま二人に学校へ行くと言ったら驚いた後に喜んでくれた。せめて家族や幼馴染くらい安心させないとダメだと気合を入れた。


「今朝も悪いな、カレシさんにも」


「大丈夫、ハルが気にしてたから別れたよ安心して」


「え?」


 本当は何で別れたかとか聞けず気付けば教室前に着いていた。仕方なく夏純と別れ教室に入るとクラスメイトが声をかけて来る。


「インフル大丈夫だったか?」


 俺の一週間の失恋引きこもりはインフルエンザと学校に説明していた。教室に入ると一瞬だけ秋楽と目が合ったが無視だ。もう俺と何の関係も無い。


「次の大会がんばれよエース!!」


「ああ……」


 今日は病み上がりだから挨拶だけで良いけど明日以降は憂鬱だ。そんな風に放課後、廊下を歩いていたら冬花先輩を見かけた。


 たまには逆に愚痴を聞いてもらおうとしたら先輩は他の女子数名と一緒だ。仕方ないから止めておこうと思ったが聞こえて来たのは俺の話題だった。


「例の陸部のエース、最近来ないじゃん」


「ああ、アイツ今は必要無いから」


「ひっど~い、散々お世話になってさ~」


 その通り、別れる度に呼び出しされる身にもなって欲しい。


「いや、今は捨雄すておがいるから~」


 どうやら新しいカレシが出来たらしい。それで俺が休んでる間も呼び出しが無かったのか……仕方ないと踵を返そうとした時だった。


「じゃあ解放してあげたら?」


「嫌よ、別れた時の精神安定剤キープだから」


 またキープか……何となくそんな気はしてた。だけど頼られてる感じが心地よくて嬉しかった。だから自業自得だと思っていたらトドメを刺された。


「ひっど~い元カレをキープとか」


「いいのよ、だって私のキープなんだし向こうも喜んでるでしょ?」


 先輩も俺を……最悪だ。そのままひっそり家に帰ったら急に全部どうでもよくなって俺はその流れで陸上部も辞めた。全部から逃げたかった。




 あれから二ヶ月、秋楽や先輩と距離を置いた結果、俺の周りには夏純しか残らなかったけど昔に戻ったみたいで安らいだ。


「昨日、陸部が修羅場ったらしいぜ?」


 そして朝から嫌な話題で俺はクラスメイトに話しかけられた。


「勘弁してくれ辞める時も面倒だったんだ」


「じゃ、話してやるぜ!!」


 俺を無視して聞いてもいないのに話し始めた。話によると昨日の放課後、例の秋楽の本命の鎌瀬 当馬かませとうまが来たらしい。


「他校の人? 白鳥さ~、困んだけど?」


「あっ、部長……」


 そして二人でサボって話している所に偶然、女子の部長と副部長が来たそうだ。ちなみに秋楽は二人と仲がよくなかった。


「すいません、俺は海学の二年の鎌瀬です」


「ああ、海栄の……予選おめでと、うちも鷹野さえ辞めなければ……」


 そこで鎌瀬は尋ねた。俺が予選に出ていない事と部活を辞めた原因を……もちろん部長達は分からないと言った後に秋楽を見て言ったそうだ。


「なら鷹野の元カノに聞いたら? 知り合いなんでしょ白鳥と?」


「えっ、それは――――「 え? 鷹野と秋楽が付き合ってる?」


「正確には付き合ってたよ、部活辞める前に別れたんでしょ? 辞めるならあなたの方がって顧問も言ってたのにね~」


 副部長がイヤミったらしく言ったそうだ。そういえば性格悪かったなあのメガネ。だが問題はその後で鎌瀬が事態を把握したらしい。


「どういう事だよ秋楽!! 俺を裏切ってたのか!!」


「ち、違う、それ違うから!!」


 そこで鎌瀬は秋楽と修羅場になった。そうなると話は早い。前から気に食わなかった秋楽に対し部長達は今の話をSNSや三年のグループに盛大に拡散したそうだ。


「ま、鎌瀬も被害者……か」


 俺が言うとクラスメイトは続きを話す。二人の言い合いは最後は秋楽が泣いて鎌瀬にすがりついたのだがビンタされ捨てられたらしい。その時の一部始終が動画付きでSNSに拡散された。


「それがこの動画だ」


 またしても俺の話を一切聞かずにスマホで再生しやがった。


『本命は当馬だから!! 違うの!!』


『言いたいのはそれだけか!! 浮気が原因で不戦勝とかふざけんな!!』


『だって、当馬くん陸上ばっかでデートできなくて、だから同じ陸上部に入って春満と話してる内に……寂しかったのぉ!!』


『二度と顔見せんな!!』


 割とお決まりの流れで呆れた。しかも聞かされた話と少し違うのだが俺は逆に安心した。なぜなら白鳥秋楽は翌日から不登校になったからだ。俺にとって面倒な繋がりが勝手に消えてくれた。

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