裏でキープ扱いされてたから離れます――俺が離れたら不幸になるとか偶然だからな?――

他津哉

前編


 俺は小さい頃から甘やかされて育てられたと思う。俺が生まれてから様々な幸運が有ったからという眉唾物の話と祖父の最後の言葉が原因だ。


『親父のせいでビンボー生活……じゃが孫が、春満はるまが生まれてから運が巡ってきた、だから……いい、人生……だっ、た』


 俺が小学四年生に上がる前に祖父は息を引き取った。曽祖父の代から潰れかけの小さな魚屋を巨大な専門鮮魚店にした祖父は一代で大企業に成長させた地元の名士だった。


「親父の言う通り春満のおかげで商会と繋がりも出来たし正に福の神だ!!」


「居るだけで幸運を運ぶなんて……まるで座敷童みたい!!」


 その両親の言葉や幾つかの偶然も重なり俺、鷹野 春満たかの はるまは座敷童なんて一時期は呼ばれた。たまたま父の会社に居た時、たまたま家で幼馴染と悪戯してた時に幸運が重なり結果的に家の発展に繋がったからだ。


「ハルはハルなのにね~?」


「スミちゃんも座敷童って言うの?」


「ううん、ハルはハルだもん!! 結婚するもん!!」


 そんな約束を幼馴染の夏純かすみとした事も有った。もっとも今の俺は、そんな状況とは程遠い。家や皆に幸福をもたらしていた俺が一番不幸になっていた。


「何でこんな事に……秋楽あきら、どうして」


 現在、高校二年になった俺はカノジョの浮気現場に遭遇し思考停止していた。




 話は数時間前まで遡る。


「じゃあ先に帰るけど、良いのか?」


「後片付けくらい一年の仕事っす」


「だけど――――「先輩は県大突破したばっかなんすから休んで下さい」


 陸上部の後輩に言われ俺は帰る事にした。次の目標に合わせ調整しているのを後輩達も知っていたからだ。


「悪いな、助かる」


 そんな話をした後に俺は家に帰る途中でスマホを見る。通知は三件、まずカノジョの白鳥 秋楽しらとり あきら。今日は用事で先に帰ったが同じ陸上部だ。


「明日も忙しいのか……朝練も出ない?」


 今年のバレンタインに告白されて付き合って四ヶ月目。前カノよりは長く続いている。ただ最近は部活をサボり気味で心配だ。


「冬花先輩……またカレシと別れたのか、相変わらずだな」


 次の通知は隼田 冬花はやた とうか先輩。カレシと別れる度に俺に愚痴を言って来る人で去年のGWから二か月だけ付き合った人で俺の初カノだった。


「あと10通は全部、夏純か……」


 最後に一気に入った通知は幼馴染の鴨川 夏純かもがわ かすみ。内容は夜は家で待っていると、明日の朝の待ち合わせと週末のデートの練習の約束と相変わらずで苦笑する。


「お互い別に相手がいるのに何言ってんだか」


 俺は通知に対し無理だと返事をしスマホを閉じた。夏純とは幼馴染以上には発展しなかった。俺が告白しようとした矢先、あいつにはカレシが出来た。だが、その男とは一ヶ月で別れた。


「その後に三人もカレシ作って今は五人目と……」


 初恋……俺は夏純が好きだったし周囲にお似合いだと言われてたが実際、俺は告白する前に失恋した……ただそれだけだ。




「軽く流すか……」


 家に戻り着替えると俺はまだ走る。今の俺は国体を目指しカノジョに勝利を捧げるために頑張っている。今日は繁華街の外側を通るルートにした。


「少し走り過ぎたか……じゃあ帰る……あれ?」


「相変わらずね……でもちょうど良かった」


 そこに居たのは先ほど通知があった一人の冬花先輩、つまり元カノだ。


「冬花先輩……通知見ました」


「うん、そうなの拓也がさ……」


 俺が答える前にいきなり今カレいや多分もう元カレになった人間の愚痴が始まった。こうなると止まらないし大人しく聞こう。


「今、財布無いんでコンビニで良いっすか?」


「どこでもいい聞いて欲しいの、それであいつさ……」


 結局は近くのコンビニまで行って先輩の話を聞く事になった。相変わらずのようで別れた彼氏の悪口が始まった。それを俺に同意して欲しいみたいだ。


「ああ、確かに先輩ってピーマン苦手ですもんね」


「二ヶ月経っても分からないとかさ~」


 相変わらずキツいな。付き合っていた時より伸びた栗毛色の毛先を弄りながら文句を言うのもいつも通りだ。


「はぁ、私って元サヤは基本無理なんだけど……鷹野って……」


「カノジョいますから今は」


「……ま、冗談だから、今回みたいに話また聞いてよ」


 先輩と別れると俺はジョギングに戻った。そんな時に俺の視界の隅に見覚えの有る後ろ姿が横切った。それはカノジョの秋楽だ。問題は男と一緒で相手が俺の知り合いという点だ。


「何で鎌瀬と秋楽が一緒に?」


 秋楽と一緒にいるのは俺と中学まで同じ陸上部だった元同級生で今は別の高校に通っている男だ。そんな接点の無いはずの二人を見て嫌な予感がした俺は尾行し到着したのは最悪の場所だった。


「ラブホ? 冗談だろ?」


 普通にホテルに入って行く姿はカップルそのもので二人の笑顔に心をかきむしられる。俺は悩んだ末、出て来るのを待つ事にした。


「たまたま、そう、たまたまかもしれない」


 何がたまたまなのか自分で何を言ってるのか分からない俺は入口を見張れるファストフード店の二階で三時間も粘った。辺りはすっかり真っ暗だ。


「あっ、ああ……」


 二人は堂々とホテルから出て来ると濃厚なキスをして別れた。俺が見ているとも知らずに……俺の心は完全に砕けた。




「何でこんな事に……秋楽あきら、どうして」


 そして現在に至る。思考停止していた俺は何とか家の前まで歩いてこれたらしい。


「ハル? 今日は何でこんな遅い時間に……ってどうしたの!?」


 ブツブツ呟く俺は普通に危ない奴だったと思う。家の前で声をかけてきたのが幼馴染の夏純で良かったと思う。


「夏純?」


「ハル!! 顔真っ青……取り合えず家に!!」


 俺は夏純に手を引かれ自分の家に入った。そして先ほどの出来事を全て話していた。それを聞いた夏純は顔を真っ赤にして怒った。


「白鳥……あの女、ハル……だから止めろって言ったのに」


 俺を抱き締めて頭を撫でるのが幼馴染の鴨川 夏純……高校デビューでなぜかオレンジに近い茶髪に髪を染めた俺の初恋相手だ。


「そう、だったな……」


 夏純が秋楽と付き合うと言った時に別れろとしつこく言っていたのを思い出す。秋楽との初デートの日は口すら聞いてくれなかった。


「やっぱり私が間違ってた……えっと、今日はハルの大好きなハヤシライス温めるから待ってて!!」


 台所で鍋を温め夕食の用意している夏純の後ろ姿を見て俺は後悔の涙が出て来た。


「なんで、なんだよ……俺」


「ハル……とにかく食べよ? ね?」


 言われて凄い腹が減ってるのに気付いて一口食べる。いつもの味だと安心して俺は無我夢中で食べ続けた。


「お、おかわり!!」


「うん、まだまだ有るからね!?」


 笑顔でおかわりをくれる夏純に感謝して俺は泣きながら大好物を完食した。そして夏純に励まされ明日も高校に行こうと頑張れた。違和感に何も気付かずに……。




 翌朝、俺は生まれて初めて不登校の気持ちを理解した。今まで一度も感じた事の無かった気持ちだ。


「とにかくガッコまで行こ? ね?」


「ありがと夏純……でもさ」


 だけど学校に行けるのは間違いなく夏純のおかげだ。気になるのは距離がいつも以上に近い。腕に抱き着かれるのは中学以来で胸が前より大きくなってて困惑した。


「どうしたの?」


「いや、距離が近い気が……カレシさんに悪いよ」


「こんなの幼馴染なら普通だよ? 大丈夫」


 昔から夏純は幼馴染の距離感がバグっていた。俺が悪い幼馴染なら夏純を無理やり襲っていた可能性だって有るだろう。それから駅に着いて最寄り駅までの間、痴漢対策と言って夏純は俺に抱き着いて離れなかった。

 最後に下駄箱で別れるのが普段の俺達だったが今日は違った。夏純の五代目カレシが校門前で待っていた。


「あ、カレシさんだね、俺もう大丈夫……」


「は? アイツ、必要な時以外は来んなって言ってんのにホント空気読め……すぐ追い返すから待ってて、教室前まで一緒に行こ?」


「い、いや、それは悪いから」


「幼馴染より大事なものなんて無いから大丈夫!!」


 だけど、ここで夏純の好意に甘えるのはダメだ。これじゃ俺が夏純を相手から奪ってるようで同じになる。


「本当に大丈夫、まず俺一人で頑張ってみるからさ」


「ハル……カッコいい、でも無理はダメだよ、すぐ隣のクラスに来ていいからね?」


 そう言って走って行くと飛び蹴りでカレシを蹴り飛ばしていた。言い忘れていたが夏純は趣味でムエタイをやっている。


「心配性だな夏純は……それに優しいままだ、カレシが出来て髪の色が変わっても夏純は変わらないな」


 こんな風に考えるくらい俺は心が壊れて正常な判断が出来ていなかった。そして教室で俺は秋楽と対峙した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る