第327話 聖女としての恋愛を学ぶという事
一睡も出来なかった…。
既に外から小鳥のさえずりが聞こえ始めている。俺の両脇では、可愛いウェステートと最愛のソフィアが眠っているのだ。
ああ…なんで俺は付いてないんだ。文字通り『付いて』ない。付いてさえいれば、状況は一変したかもしれないのに、俺には…付いてない。
女である事がこんなに恨めしい事は無かった。俺は自分の無駄な顔やプロポーションが憎たらしい。いくら絶世の美女だって言っても、彼女らは安心しきって眠っているのである。
という事は…性的な対象としては捉えられていないという事である。俺はソフィアから、性的な恋愛対象とは捉えられていないのだ!
これは由々しき事態である。
ある意味、EDより辛いことかもしれない。だって治るとか治らないとか関係ないんだもの。いつか治れば取り返せるとか、そう言う問題ではないのである。
どうしたらいい? どうしたら彼女らに、恋愛感情を持ってもらう事が出来る? こんな事ならばだ! もっと前世で百合漫画や百合小説を熟読して来るべきだった。たまにはそう言う漫画も見た事はあるが、もっと詳細というか細かい描写まで拾っておくべきだったぁぁぁ!
ああ…焦れば焦るほどに、太陽は登っていく。
「おはようございます」
俺が、目をパッチリ開けているのに気づいたソフィアが声をかけて来た。
「お、おはよう」
「…眠れませんでしたか?」
「い、いや。まあそこそこ?」
一瞬も寝てないけども。
「なら良いのですが、何故か私は深く眠ってしまったようです」
「そう?」
「なんともうしますか…まるで…母親の胎内にいるかのような安心感でございました」
いや! それはだめ! そうじゃないの! 俺が求めているのはそんな安心感じゃない!
「それは良かった」
すると反対側からも声がかかる。
「おはようございます」
「ウェステートもおはよう」
「もう朝なのですね」
「そうだね。太陽が昇ったようだねえ」
「なんだか、とてもぐっすり眠ったような気がします。なにか大きなものに抱かれているような、そんな幸せな気分でございました」
確かに、三人でベッドに入った途端に眠っちゃったもんね。
「疲れてたんだねー。でもぐっすり眠れたのならそれでいいんじゃない?」
「「はい」」
三人でむくっと上半身を起こし、ベッドに座って軽く髪の毛を撫でつける。そしてソフィアがするりとベッドを出てしまった。
あ…まってぇ…。
すると今度はウェステートも出ていく。
俺を置いて行かないでぇ…。
「では今日も研修を始めませんと」
ソフィアが言うとウェステートも頷いた。
「はい」
そしてソフィアが俺に言う。
「聖女様は、まだお休みになってくださって良いと思いますわ」
「いや、私ももう起きる」
そして俺もベッドから出た。見悶えた為か、シルクの寝間着の胸が軽くはだけている。それを見て二人は頬を染め、パッと目を背けた。
これこれぇ! これはなに? 俺をそう言う対象で見ている訳じゃないのぉ? 俺が勘違いをしているだけぇ?
するとソフィアがそそそっ! と俺に近づいて来て、寝間着の気崩れを整えてくれた。
かっかわいい! 嘘みたいにかわいい!
「あ、ありがとう」
「聖女様の美しさは、女性でも見惚れてしまうのです」
…えっ? えっと…。えっ!
「そ、そうかな?」
すると今度はウェステートが言う。
「そうです。ソフィア様がおっしゃっている事は分かります」
「ウェステートさんもお分かりになる?」
「はい」
…そうか。焦っちゃならねえ、俺は焦りすぎていたんだ。まだまだ可能性はあるって事だ。ようは、どうやってそっち方面に持っていくか? 俺はそれを研究する必要があるって事だ。
「そうかなぁ? ソフィアもウェステートも綺麗だと思うよー」
「せ、聖女様に言われると、本当かを疑ってしまいますわ」
「本当だよ」
「で、でも。お美しい聖女様に言われると、天にも昇る気持ちになります!」
「ウェステートさんのおっしゃる事はよくわかるわ」
日々…勉強。
俺はヒモ男時代のもっていき方しか知らない。だが今の会話からでも、違う方向性を見出す事は出来そうだ。美人が美人を口説く方法は、ヒモ男のそれとは違うという事。なんでうまくいかないかと言えば、間違いなく俺が美人である事を理解して、それを使いこなせていないから。
まずはそれを見つける必要がある。
すると俺の目の前で、ソフィアとウェステートがキャッキャと髪を結い合い始めた。それを見ていて…俺は朧気に何かが掴めそうになる。だがそれが何かはっきりとわからない。
結局二人は研修の準備の為に出て行って、俺はシルクの寝間着のまま自分の部屋に戻る。するとそこにミリィがやって来た。
「いかがでございました?」
「二人はぐっすり眠れたらしいよ」
「やはりそうでございましたか」
「やはりそう?」
「いえ…」
ミリィは早速、俺の着替えをしだした。
ちょっと詳しく教えて!
「あの教えて欲しいな…」
「恐らくは、何かに抱かれるようにして眠った、とおっしゃいませんでしたか?」
「言ってた!」
「聖女様と一緒に眠りますと、大きな何かに抱かれて眠っているような感覚になるのだと思います」
いや…それは困るんだがなあ。
「なんでだろ?」
「実は…これをお話するのは初めてなのですが、聖女邸の皆が言っています。聖女様がお屋敷に居る時は、とても安心して眠る事が出来るのだと。まるで何かに抱かれているように、安心して深く眠る事が出来るのだと言います」
「そんな事あるの?」
「聖女邸に来る前にはそうでは無かった人もいます。ですがヴァイオレット様も、スティーリア様も、アデルナもルイプイもジェーバもそう言います。マロエ様やアグマリナ様も同じように、そして全てのメイド達も同じことを言っています」
「もしかしてミリィも?」
「はい。もちろん勤めが御座いますので、聖女様より早く寝る事も遅く起きる事もございませんが」
「みんなどうやって分かったのかな?」
「心配しての事かもしれませんが、聖女様がお屋敷を空けると途端に寝つきが悪くなったり、眠りが浅くなったりする者がいるのです」
なにそれ?
「どういうことだろう?」
「わかりません。恐らくは聖女様の御強いお力のおかげで、安心感を得ているのかもしれません。もしかすると、女神フォルトゥーナ様の加護なのではないですか?」
「なるほどねえ…」
無いとは言えねえか。
そんな話をしているうちに、俺は服を着替えさせられて髪の毛を結われていた。ミリィの手際の良さは、本当にほれぼれする。
準備を終えてエントランスに降りていくと、既にソフィアが令嬢たちを集めて話し合いをしていた。午前は城下にでて、市民達の生活や市場などを視察する事になっている。午後は都市の流通などについての学びがあるそうだ。
「では聖女様一言お願いします」
「はい。えー、皆さんはぐっすり眠れましたか?」
「「「「「「「はい!」」」」」」」
「疲れは取れた?」
「「「「「「「はい!」」」」」」」
「それは良かった。それでは事故の無いように、今日一日よろしくお願いします」
「「「「「「「はい!」」」」」」」
そうして今日もシーノーブルの研修会は続くのであった。
だが…俺は思う。これは…俺の女としての恋愛方法を学ぶ研修会なのだと。
目の前できゃっきゃと話をしている貴族令嬢たちを見て、深く思うのだった。
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