第328話 聖女の一員であるという証

 市中の視察を行っている令嬢達を、俺は注意深く観察する事にした。最近は、ずっとソフィアばかり見つめていたから、視野が狭くなっていたように思う。この研修旅行は、令嬢たちだけの勉強ではないと気が付いたのだ。そう、この研修旅行は俺の未来に向かっての研修旅行なのだ。


 市中の人の暮らしを学ぶとはいっても、大衆食堂に入ってみるとか雑貨屋の主人に話を聞きお土産を買ったりとかそんなもんだ。遊びのようなものではあるが、普段あまり経験する事の無い事をすることで気づきを得る。ソフィアはそんな事を言っていたと思う。


「あー、絶対これ似合うよー」

「本当?」

「うん! でもこれも良いと思わない?」

「あーいい!」

「ねえ。お揃いで買おうか!」

「そうしようよ!」


 雑貨屋にいるのだが、俺の目の前で貴族令嬢が女子の代表のような買い物をしている。俺は目を見開いて、その一挙一投足を全て目に焼き付けている。


 するとソフィアが俺に声をかけて来た。


「さすがは聖女様でございます。ただの遊びにならぬように目を光らせ、彼女らの行動を全て見ているのでございますね?」


 いや、全然違うけど。


「そうだね。というか彼女らがどういう事に興味を持って、どんな振る舞いをするのかに興味があるんだよね」


 するとその隣のウェステートが言う。


「さすがでございます。令嬢の皆様の普段の会話から、社会進出の為の導き方を考えていらっしゃるのですね!」


 いや。そんな大それたことは考えてない。


「もちろん! やっぱり普段の言動が大事だから!」


「ウェステートさん。私達も見習わねばなりません」


「はい!」


 二人は令嬢たちの行動を監視するようにじっと見ている。


 いやあ…むしろ君達とは、あれと同じことをしたいんだけどなあ。そんな真面目にやらなくても、こう言うのは遊びの中から学ぶもんなんだよ!


 するとソフィアが俺に言う。


「聖女様。私達、四人のお揃いのネックレスが御座いましたよね」


「ああ。理事会の四人のね」


「はい。あれは高額な物でございましたが、シーノーブルの会員にそれほど高額な物ではなく、なにか同じ物を持っていただいて、会員の証とするのはいかがでございましょう?」


「いいね! それはいい! それは聖女財団の経費で賄うから、これからそれを決めよう!」


「はい!」


 そして俺はウェステートに聞く。


「この町に彫金師はいるかな?」


「おります」


「みんなで、皆でその店に行こう!」


「かしこまりました」


 俺がその店を出ると、護衛のアンナとリンクシルが声をかけて来る。そのほかのお付きの人らもぞろぞろと集まって来た。ロサ達、朱の獅子の連中もいる。


「次は市場に行くのか?」


 アンナが聞いてきたので、俺が答えた。


「いや、行先変更だよ」


「わかった」


 そして、ソフィアが令嬢たちに行先の変更を告げる。


「皆さん買い物は出来ましたでしょうか?」


「「「「「「はーい」」」」」


「次は市場の予定でしたが、行先を変更しますのでついていらしてください」


「「「「「「わかりましたー」」」」」」


 俺は令嬢たちを連れて、彫金師のいる店へと歩いて行く。道中ウェステートの顔を見るや否や、市民達が挨拶をしてくる。その事は王都の令嬢たちにしてみれば珍しいらしく、地方の御令嬢であるウェステートの立ち振る舞いを勉強しているようだ。


 次の店に到着して、ウェステートが店の扉を開けて声をかける。


「ごめんくださいまし」


 すると奥から店主が出て来た。


「これはこれは、ウェステート様!」


「急にごめんなさい。ちょっとお願いがあるのだけど良いかしら?」


「なんなりと」


 そしてウェステートは、後ろにいる俺に声をかけた。


「聖女様」


「せっ! 聖女様?」


 俺が前に出ると、彫金師が跪く。


「すみません突然の訪問で」


「いえ、光栄にございます!」


「あの、ちょっとしたお願いがあるのですがよろしいですか?」


「もちろんでございます」


「実は聖女財団でシーノーブルという研修期間を設立したのですが、こちらにいらっしゃるのは会員の王都周辺の御令嬢たちなのです。その会員の証として何か身につけるものが欲しいのですが、彫ってもらえるものでしょうか?」


「もちろんでございます!」


「それほど高額なものでなくても良いのです」


「で、では! どうぞ中へ!」


 そう言って俺達と令嬢たちを店の中に連れて行く。店はそれほど広くないので、ぎゅうぎゅうの満員状態になってしまった。


 ソフィアが主人に言う。


「すみません。これではお客様が入れませんね」


 だが主人が玄関にいってクローズの札をかけた。


「むしろ、今日は店じまいでございます! してどのような?」


 どうしたものか? 


 俺がソフィアに聞く。


「どうしようかね?」


「確かに、どうしたらよいでしょう?」


 ウェステートが店の主人に聞く。


「お揃いの何かを身につけたいのだけど」


「そうですねえ…」


 そこで俺は閃いた。つかつかと入り口に行って、扉を開けて顔を出す。するとアンナが聞いて来た。


「どうした?」


「冒険者って何か共通のもの持ってる?」


「ギルドカードか?」


「そう、それ!」


「ギルドカードがどうした?」


「見せて! ロサ達も」


 そう言ってアンナと朱の獅子の四人が、首にぶら下げたギルドカードを首元から出した。


 これだ!


「ちょっと五人は中に来て」


「わかった」


 俺はアンナと朱の獅子を連れて中に入り、彫金師の主人に言う。


「あー。ちょっと見てもらいたいものがあるんだけど」


「はい」


 そしてアンナ達からギルドカードを見せてもらう。それを見て彫金師が目を見開いた。


「と、特級う! 特級冒険者の方でいらっしゃるのですか!」


 アンナのギルドカードを見て目を見開いていた。だが今はその事が重要なのではない。


「あの。今はそれじゃなくて」


「し、失礼いたしました! まさか聖女様に続いて、特級冒険者にまでお会いできるとは思いませんでしたので驚いてしまいました。今日は人生で一番驚いた日です」


 そいつはよかったね。


「それで、話というのは他でもない。金属系のプレートでこんな感じのものを作りたいんだけど、どう?」


「出来ます。材質は限られますが」


 俺がアンナに聞く。


「これって特別なもの?」


「魔法が付与された鉄板だ。等級や討伐成績などが彫り込まれているだけだが、この下の印がギルドに登録しているあかしだな。本物かどうかは、ギルドに行けばすぐにわかるようになっている」


 魔法か。


「あの、鉄板に魔法を付与できますかね」


「いえ。それは特殊な作りになっておるのです。もし個人的に魔法を付与するとなれば、当店では無理でございます」


 だがそれを聞いていたアンナが言う。


「魔法付与なら、材質をミスリルにすればいい」


 だが主人が言う。


「み、ミスリルとなるとかなりお高くなりますが?」


「でも出来るんだ?」


「それはそうです」


「じゃあこの人数分のミスリルの板を用意してほしい。魔法の付与は私がやる。そしてシーノーブルの印を考えるから、それぞれの名前とシーノーブルの印を彫りこんで欲しい」


「それならできます!」


「私達は一週間の滞在となります。この人数分のプレートを作っていただけますか?」


「一週間で、ございますか…」


「無理なら…」


「いえ! 寝ずに! 寝ずにやらせていただきます! そのような光栄は二度とないでしょう!」


「わかりました。では羊皮紙とペンを頂けます?」


「はい!」


 そうして、主人は店奥から羊皮紙と羽ペンを持って来た。


 そして俺は皆に言う。


「みなさん! ここに一人一人名前を書いて行ってください。ミドルネームもしっかりと書いて、スペルの間違いのないようにお願いします」


「「「「「「「はーい」」」」」」」」


 皆が描き終わったところで、アンナとリンクシルと朱の獅子達にも言う。


「あなた達も書いて」


「わかった」

「はい」

「わかりました」


 一人一人が名前を書き、最後にみんなで印を考え始めた。するとアグマリナが言う。


「あの、ソフィア様は絵がお上手でございます」


 それを聞いて俺がソフィアに言う。


「百合の華をモチーフにしたいな。上の方が丸みを帯びていて、下が剣になっているような」


「かしこまりました」


 それからソフィアが、すらすらとマークの案を三つ書いた。


「じゃ多数決で。一番が良いと思う人! 二番が良いと思う人! 三番が良いと思う人!」


 すると満場一致で三番目のデザインに決まる。


「ではご主人。シーノーブルのマークはこれにいたします。それぞれの名前とシーノーブルの組織名を掘ってください」


「わかりました! 必ず間に合わせます。大きさと厚さはどれほどに?」


「ギルドカードを真似てください」


「心得ました」


「ではこちらを」


 俺は懐から金貨の入った袋を取り出して、それをテーブルに置いた。


「これで足りる?」


 主人がその袋を開けて驚いている。


「こ、こんなに!」


「記念ですので、残りは取っておいて下さい」


「あ、ありがとうございます!」


「では、また後日」


 そうして俺達は彫金師の店を後にするのだった。だんだんと本格化していく、シーノーブルの活動にソフィアは確かな手ごたえを感じて満足そうだった。


 そこでロサが言う。


「ギルドカードなんかより、ずっと立派なものが出来そうですね」


「特別なものだから。それはいずれ、ロサ達が育てる騎士団にも、もってもらう事になる。シーノーブルという組織の一員としてね」


「わかりました」


 俺達は昼食をとるために大衆食堂に向かった。午後は都市の流通などについての学ぶため、問屋や商会などを周る事になっている。


「聖女様。本当にあのようなお金をよろしかったのですか?」


「良いんだよソフィア。あなたのアイデアはどれも珠玉で素晴らしい」


「は、はい」


 そう。俺はソフィアにカッコいいところを見せるためだけに、あんな大金を店に置いて来たのだった。

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