第320話 マジ研修にびっくり

 貴族子女だらけの楽しい遠足…。いや研修は順調だった。トリアングルム国からもらった騎馬戦車があるためか、盗賊の類に会う事も無く順調に進んでいる。周辺には小型の魔獣くらいしかおらず、流石にこの行列に飛びかかってくるようなのはいない。


 一日かけて最初の宿泊地に到着し、ソフィアが貴族子女達に号令をかける。


「さあ、身の回りの世話をしてくださるメイドはいませんよ。自分達の事は自分達でしましょう」


「「「「「「「「はーい」」」」」」」」


 うわあ…。女の子たちの可愛らしいお返事が揃ってるんですけど。可愛い。


 まあ身の回りの事と言っても宿泊するホテルは押さえてるし、ご飯も用意されることになっている。どちらかというと子爵や男爵の子らは自ら進んでやれているが、伯爵位以上の娘達はその後について見よう見まねでやっているようだった。


 だがそんな中でも、最高に身分の高いソフィアがきちんと出来ていた。


 偉いなあ…。


 そしてソフィアは皆の様子を見て言う。


「地位も関係なく男爵の娘にならう伯爵の娘。この研修の意味がようやく発揮されてまいりましたね」


「本当にそう。普段は、服の脱ぎ着もメイドにやってもらってるんだもんね。むしろ男爵の子は自分でやるのが当たり前だから、伯爵の子らはこういうところで学んでもらうと良いよね」


「はい」


「伯爵の子らも素直に聞いているし偉いよ」


「この研修の意味合いは準備段階で浸透させてきましたから、皆が覚悟あって集まっているのです。そして、もしその事に不満を覚えるような人がいるなら、私が丁寧に言い聞かせようと思っております」


「そんな。ソフィアにだけやらせられない! もちろん、私らもやるから!」


「はい」


 マジ研修じゃん。俺は半分以上…いや、ほとんど旅行気分で来てるのが申し訳なくなる。皆は、馬車に括り付けてある自分の荷物を一生懸命解いて運び始めた。普通なら全て従者がやってくれるような事でも、自分達で試行錯誤をしてやっていた。


 するとソフィアが貴族子女らに言った。


「みなさん! 自分の割り当ての部屋にお荷物を置いて、時間までに食堂にお集まりくださいますようお願いいたします」


「「「「「「「「はーい」」」」」」」」


 しゅ…修学旅行や。初めて親元を離れて、自分でいろんなことをやらなくちゃいけない。俺は前世の修学旅行の記憶がよみがえって来る。


 そして荷物を置いた貴族子女達が、きちんと時間までに食堂に集まって来た。それを見てソフィアが俺に言う。


「聖女様。お声がけをお願いいたします」


「皆さん。研修初日はいかがだったでしょうか? 昼の食事では簡単な野菜スープとパンだけでした。物足りなかったでしょう?」


 すると子女の一人が言う。


「いえ。私達はその糧を頂けただけで十分でございます! 民には食べられずに過ごす者もいらっしゃるのだと、ソフィア様にお教えいただきました。貴族たるもの、民の痛みを知らずにいる訳にはまいりません。大切な食事であると噛み締めていただきました!」


 ぱちぱちぱちぱち!


 うおっ! 堅苦しい! 俺はそんなつもりで言ったんじゃないのに。


「あ、ああ。そう、分かっていただけましたか。こちらのホテルでの夕食は充実したものとなります。そしていろんなことを自分でやってみて、非常に勉強になったのではないかと思います」


「はい! これまでは従者やメイドに任せておりましたが、自分でやる事によってその有難味を知る事が出来ました。我々貴族は、多くの人々に支えられているのだと痛感いたしました」


「あ、ああ。そう…そうね。自分でやるというのは大事です」


「はい!」


 ぱちぱちぱちぱち!


 めっ! めっちゃ調子狂う。なんじゃこりゃ。これじゃまるで…そう…研修…だったな。そうだった。これは貴族子女の研修会だった。


「こちらの宿泊施設には入浴施設が御座いません。ですので夜は各自のお部屋で体を洗う事となります。本当は足を延ばしてゆったりしたいと思いますが、集団宿泊所というのはこう言うものなのです」


「はい! それは男爵の子達に聞きました! 彼女らは毎日湯船につかっているのではないとの事です! 今日はそれも楽しみにしております! 皆様が出来る事を自分でできなければ、真の自立とは言えません! この研修を通じて、自分で出来るようになって帰りたいと思います!」


 ぱちぱちぱちぱち!


 す、凄い。なんか前回の親や従者同伴の研修会とは全く違う。本当に本当の研修会になっているではないか! なんか俺がイメージしていたのとまったくちゃう!


「では、食事を運んでいただきますね」


「いえ! ソフィア様に、自分で取りに行くように言われております!」


「あ、あそう。そうだね! それがいいね!」


 なんとセルフになっていた。厨房に向かってぞろぞろと並び、トレイに乗った料理を一人一人部屋に持って帰ってきて座る。全員が揃うまで皆きちんと座っていた。


 するとソフィアが話し始める。


「聖女様ありがとうございました。それでは祈りを捧げます」


「「「「「「「はい!」」」」」」」


 皆が胸の前に腕を組む。


 やべ、俺もしなきゃ!


「私達は女神フォルトゥーナのご加護に感謝し、命を賜り、食を賜う事に深く感謝いたします。また皆に生かされている喜びを噛みしめ、本日の学びの果てに得たこの一食を精進の糧といたします。この供えに祝福をし、ありがたく頂戴いたします」


 貴族子女達が復唱する。真面目過ぎる。


「「「「「「「私達は女神フォルトゥーナのご加護に感謝し、命を賜り、食を賜う事に深く感謝いたします。また皆に生かされている喜びを噛みしめ、本日の学びの果てに得たこの一食を精進の糧といたします。この供えに祝福をし、ありがたく頂戴いたします」」」」」」」


「いただきます」


「「「「「「「いただきます」」」」」」」


 うわあ…すっげえ厳格なお祈り。立派だし、真剣にお祈りしてるし。


 すると目を開けたソフィアが言う。


「聖女様それではいただきます」


「ど、どうぞ」


 皆が食べ始めた。だがなんだろう? 今のお祈りを聞いてから、俺は不思議な力が湧きだしてくるような気がしてきた。するとアンナが俺の耳に寄せて言う。


「結界でもはっているのか?」


「え、なんで?」


「うっすら輝いてるぞ」


「えっ、ホント?」


 俺はうっかりと声を出してしまう。皆が静かに食っているというのにとっても不謹慎だ。


 ソフィアが不思議そうに聞いて来る。


「どうされました?」


 うーん。とにかくこんな食事はつまらん。そこで俺から提案する事にした。


「あー確かに信心深くてとてもいい食事だと思う。だけどね、私はここに合理的な事を一つ導入したいと思っているんだ」


「はい」


「出来れば食事をしながら歓談してほしい。歓談というのは今日あった事やこれからの事、そして楽しい未来について楽しく話し合ってもらいたいんだ。そしてそのためにちょっと用意するものがある」


「かしこまりました」


 俺はすぐにアデルナに耳打ちをする。そしてアデルナが厨房に行って、すぐにホテルの給仕の人らがあるものを持って来た。


 ソフィアが言う。


「それは?」


「これは…お清めのお酒です!」


 そんな風習は無いけど。俺は各テーブルにワインを用意したのだった。


「お清めのお酒でございますか?」


「そう。体に溜まった邪気を洗い流す効果があるから」


「わかりました」


 それぞれのテーブルにコルク抜きが渡されて、皆がわいわいして悪戦苦闘しながらコルクを抜いた。


「じゃ、グラスに注いで」


 皆がグラスに注いだので、俺がグラスを持って言う。


「シーノーブルのこれからの活動に乾杯します。乾杯!」


「「「「「「「乾杯!」」」」」」」


 それぞれがチンとグラスをかわして飲み始める。


 そして俺はソフィアの耳に囁く。


「確かに厳格さは大事。だけどキリキリに切り詰めると、この研修の思い出は辛いものになっちゃうでしょ? だから楽しさも感じるようにしてあげて欲しいな」


「申し訳ございません。そこまで気が付きませんでした」


「でも、間違いなく研修は引き締まったよ。自立を促すのには凄くいいと思う。だけどこう言う楽しい場や思い出も、自立には必要だと言う事だね」


「大変勉強になります。流石は聖女様、私達が気づかぬことを先回りしておられるのですね」


 いやいや。あんまりカタッ苦しいと詰まんないし。俺はソフィアと酒飲みたいし。


 だがソフィアの言葉に、マロエとアグマリナが拍手をしている。


 まっいいか。


 そして俺は注がれたワインを飲みながら、思ってたんとちゃう! 感をいっぱいに味わうのだった。なんとなくだが…聖女邸の皆が、今にも笑いそうな顔をしている気がする。

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