第318話 ソフィア、そして自分に対しての違和感
仕事で来てもらっているとはいえ、公爵令嬢であるソフィアには、がっつり門限が儲けられている。もちろん公爵令嬢なのだから、きちんと送迎があるのは当然の事。パーティーなどでは親が同伴なので遅くまでいるが、親無しだと陽が落ちる頃には帰ってしまうのだ。
あと…お招きした初日がいけなかった。朝から来てハンバーガーを食べさせたのはいいが、夜の遊覧飛行にまで付き合わせてしまった。女だけの屋敷だから、そのくらいは許されるだろうと考えた俺の誤算だった。その事があった為か、男子禁制のこの館には女だらけの送迎部隊が迎えに来るようになる。
ちょっと早めに。
ソフィアと朱の獅子達を送り出してから、俺はアンナに謝る。
「ゴメンね。無理かなとは思ったんだけど」
「いや。それよりも公爵令嬢がどう思ったか」
「大丈夫だよ。ソフィアはそういうのを気にする子じゃない。真っすぐだしね」
「そうか」
「朱の獅子にも悪い事したって思うよ」
「いや、それは違うんだ。今回はわたしが利用させてもらった」
「利用?」
するとアンナが珍しく苦笑していう。
「あれでも妹だからな。多少の心配もする」
「それはわかったけど、利用ってどういうこと?」
「わたしがロサの年齢の時には、既に特級冒険者になっていたんだ。わたしが一人で達成できたことを、四人がかりでまだAランク。おそらくこれ以上は見込めないし、数年後にあいつが路頭に迷うところを見たくはなかった」
不器用だけど、やさしーんだよなあ…。ホント好き。
「丁度よかったのかもね。喜んでたし」
「破格の条件で、今までやってきた事と新しい事を一緒にやれるから。あれはあれで成長につながるだろうと思う。わたしとは違う方向で、成長して欲しいと思うんだ。こんな修羅みたいな姉になってほしくない」
「私は修羅みたいとは思ってないよ。アンナが居なかったら何回死んでたか、もう一心同体って感じ」
アンナは優しい笑顔を残して振り向いた。
「そろそろ、剣を振って来る」
「わかった。じゃあディナーの時に」
「ああ」
アンナが去るとミリィがやってきて言う。
「お優しい方です」
「そうなんだよ。それが周りに伝わりにくいんだよね」
「でも、妹さんには伝わったと思いますよ」
「そっか。そうだといいな」
「それに、ぶっきらぼうなアンナ様がお優しい事は、聖女邸の全員が知っています」
「そうだね」
だけど実はソフィアも似た感じなんだよなあ。俺の為に仕事をバリバリと進めるが故に、あちこちでキツイ女だと思われてしまっている。言ってみれば外では、悪役令嬢と言われてもおかしくない立ち振る舞いなのだ。だけど本当は全く違っていて、周りに嫌な思いをしてほしくないと思っている。まだアンナはサバサバしているからいいけど、ソフィアがこれから意地悪な人にあった場合はしっぺ返しを喰らいそうだ。
その時は俺が全身全霊で守ってやろうと思っている。
もちろんそれはソフィアだけじゃなくアンナもだけど。
するとミリィが言う。
「結局聖女様が、一番お優しい事を考えてそうですね」
「私が?」
「はい。聖女様がそんな顔をしていらっしゃるときは、大抵他人の事を思いやってる時です」
ずっと一緒に居るミリィだから、分かってしまうんだよなあ。
「私を思ってくれる人達の為に、何か返さなきゃね」
「無理だけはなさらぬように」
「分かってる」
「では身だしなみをお直しいたしましょう。きついドレスでは疲れてしまいます」
俺はミリィと一緒に部屋に戻る。扉を閉めてミリィが背中のリボンを解き始めた。
「ほっ」
締め付けが緩みホッとする。ソフィアが来るようになってから、きちんとしたドレスと化粧と髪をセットして出迎えているのだ。毎日がデートのような気分で楽しいのだが、どうしても気合を入れてしまう。聖女邸のメンバーだけだったらそんな気を使わないのだが、やはり公爵令嬢という事もあり頑張ってしまう。
ミリィがドレスをするりと脱がせて、家用のワンピースを用意してくれた。本当は上下ジャージでもいいくらいだが、この世界にジャージなど無い。
あー、寝っ転がってポテトチップとビール飲みてえ。
ついヒモ時代の記憶がよみがえって来る。俺の一番好きな人とほぼ毎日会えるようになって、余裕が出てきたのかもしれない。
悪い癖だ。手に入れると満足してだらだらしてしまう。聖女邸はミリィやスティーリアやヴァイオレットの目があるからきちんとしていられるが、もし一人暮らしなんかしてたら食っちゃ寝してブクブク太ってしまいそうだ。
だが‥全てを手に入れた気分なのに、もういいかな? と思わないのが不思議だった。何故かまだやらねばならないという使命感がある。これが一体なんだかわからないが、前世の俺からしたら全く考えられない事だ。しかも全ての女性に対して、常に保護欲のようなものがあるのだ。
心が思うのだ。
みんなを何とかしてあげなければならないと。
あと、よくよく考えてみればソフィアとは、聖女認定式の夜と女子会くらいでしか会った事がない。トリアングルム国の出来事から今日までずっと会うようになったが、なぜか彼女の事が気になってしょうがないのだ。物足りないというか、彼女の為に何かをしなくちゃならないような気になって来る。
不思議だな…。なんでこんなに考えちゃうんだろう?
ソフィアといっぱい一緒に居て思うようになったのが、大好きを通り越し、なぜか自分の分身かのようにすら思えてしまう。まるでソフィアが自分の体の一部かのような、そんな気分になってくるのだ。
ミリィが俺の髪をとかしながら言った。
「ソフィア様って、とても不思議な感じがします。なんと言うか彼女の為に何かしなくちゃならない気分になります」
「あ、ミリィもそう思う?」
「シーノーブルに貴族子女がより多く参加を表明しているのは、ソフィア様の求心力に他なりません」
「だよねえ。公爵令嬢だからかと思っていたけど、彼女には魅かれる何かがあるよね」
「そのような気がします」
そう思うのは俺だけじゃないようだ。だがソフィアと一緒に仕事をするようになってから、急激に事が進むようになったのも確かである。まるで彼女を中心にして、周りが動いているような気さえしてくるのだった。
そして、化粧落としをしながら自分の顔を見ているとふと思う。
なんか…どこかで見た事あるような気がするんだよなあ…。もちろん鏡で毎日見ているから、当たり前の事なんだが不思議な感覚がする…。
「どうされました?」
「ううん。何でもない、少し疲れたかな?」
「お食事まで横になられますか?」
「そうする。寝るまで側にいて」
「はい」
俺はそのままベッドに横になり、ミリィはいつも通りに椅子に座って俺を見つめるのだった。
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