第317話 聖女騎士団の創始者

 シーノーブル騎士団の話が公式のものとなり、俺達は実際にそれを設立する事となった。


 だが…一つ問題が起きる。


 今も、その議論の真っ最中。アンナが初めてソフィアにノーを突き付けたのである。


「どうしてもお願いできませんか?」


「わたしは聖女の剣。それ以上でもそれ以下でもない、わたしは聖女の為にだけ剣を振るう」


 何度か談判をしたのだが、流石にソフィアが折れるしかなかった。こうなったらアンナは絶対に変わる事は無い。


「ソフィアごめんね。私もアンナの気持ちは分かるので、最大限に尊重したいな」


 流石にソフィアの意見を通してあげたいが、俺はアンナも大事なのだ。


「畏まりました。非常に相応しいお方だと思ったのですが仕方ありません。ですが…困りました…」


 そう言ってリンクシルを見る。


「う、うちは無理ですよ! そんな大役は勤められない!」


 俺がフォローする。


「分かってるよ。リンクシル、あなたに頼むつもりはない」


「ほっ」


 とはいえ相応しいと思っていたアンナが受けないのであれば、どうしたらいいか。


 そこで、じっと…だんまりを決め込んでいたアンナが言う。


「心当たりはある」


 ソフィアがすがるように言った。


「本当ですか!」


「ああ」


 俺がアンナに聞いた。


「そうなの?」


「妹だ」


「…えっ? 朱の獅子?」


「そうだ。聖女の元に転職させてやろう」


「い、いいのかな?」


「条件次第だろう」


「分かった」


 そしてこの話は一旦中断となり、アデルナに頼んでギルドに要請をかける事となった。その依頼書を書く時に、アンナが一言ボソリと付け加える。


「特級冒険者の依頼。としてくれ」


「わかりました」


 そうしてアデルナとリンクシルが、ギルドに出かけて行った。


「断るんじゃないかなあ…」


「いや。認めさせる」


 なるほど、アンナはよっぽど嫌なんだ。もともとコミュ障な部分もあるし、人の上に立つような性格じゃない。その技は人間離れしているものの、その指導も人間離れしている。リンクシルは元々身体能力が高いからなんとかついていけるけど、普通の女の子が入ってきたら絶対についていけない。


 そして意外な事に、ギルドに出かけて行ったアデルナとリンクシルは、そのまま朱の獅子の面々を連れて戻ってきたのだった。俺が慌てて玄関に迎えに行くと、朱の獅子達は困ったような顔をしている。


「いきなり来てもらえるとは思わなかった!」


 するとアンナの妹、朱の獅子のリーダーであるロサが言う。


「特級冒険者の依頼。と一筆ありましたので、絶対です」


「そうなの?」


「はい」


 俺の後ろからアンナが言う。


「ご苦労」


「ね、姉さん! いきなりなによ!」


 とにかく俺はその場を収める。


「まあまあ。ちょっと奥でお話をしよう、お腹は減ってる?」


「いきなりだったもので…多少…」


 俺がパンパン! と手を叩いてミリィを呼ぶ。


「はい」


「軽食を用意して。肉を使った温かいのが良いな。あとは柔らかいパンと、高いワインを用意して」


「はい」


 ミリィが足早に厨房へと消えた。そして俺とソフィアとアンナが、朱の獅子を連れて特別に来客があった時の部屋に入る。綺麗な装飾がなされており、白く大きなテーブルと椅子が印象的な部屋だ。


「綺麗ですわ」


 朱の獅子の魔法使いシャフランが言う。それを聞いて体の大きいタンクのパストが聞いて来る。


「聖女様。我々のような荒くれ冒険者をこのような場所に?」


「いいのいいの」


 逆にロサがジト目で見ている。金と茶色の間のような髪を結い、太いまゆ毛の下の目力が強い。強靭な筋肉と無駄のない体は、アンナのそれを彷彿させるが一回り大きい。顔はどことなく似ているような気もするが、言われなければ姉妹とは気が付かないだろう。


 ミリィ達が迅速に高級ワインを運び込み、朱の獅子のグラスにワインを注ぎ込む。


「ささっ、まずは一杯」


「え、ええ」


 そう言って朱の獅子は高級ワインを一気飲みした。ソフィアはそれを見て引きつっているが、冒険者というのは元来そう言うもんだ。高級ワイン一気飲みをして、ぺろりと舌なめずりをしたロサが言う。


「で、お話というのは何です?」


 朱の獅子の四人、ロサ、パスト、イドラゲア、シャフランの視線が俺に刺さる。


 うう…圧が凄いんだけど。


 だがその様子を見かねてソフィアが口を開いた。


「お忙しい中、急にお呼びだてしてしまい誠に申し訳ございませんでした。そしてお初にお目にかかります。ソフィア・レーナ・マルレーンと申します」


 みんながあっけに取られてロサが言う。


「すみません。同じ席に座ってしまいました」


 ソフィアが首を振る。


「いえ。こちらはお願いをする身です。身分などはお気になさらず」


「公爵令嬢様が、私達にどのようなお話でございましょうか」


「単刀直入に申し上げます。あなた方の剣を聖女様に捧げていただけませんか?」


「聖女様に? 我々のような荒くれ冒険者が?」


「はい。実はこの国を守るための大切な仕事がございます」


 そう言ってソフィアはこれまでの一連の流れを、事細かく説明していく。その分かりやすい説明に、朱の獅子も質問無く黙って聞いていた。


「いかがでしょう? 給金は破格と思われます」


「うーん。確かに良い話ですね…」


「アンナ様は聖女様の専属。どうしても騎士団の運用は出来ないのです」


 ロサがアンナを見て言う。


「ソフィア様。これでも姉妹です…姉がそういう仕事に向かないのは知ってます。ですが私達とて一介の荒くれ冒険者です。人の上に立って導くなどとてもとても」


 それを聞いていたアンナが言う。


「ロサ。いつまで冒険者を続けるつもりだ?」


「いつまでって…そりゃ稼げなくなるまでだよ」


「今のランクは?」


「Aにあがったけど?」


「その年齢でAだとAAに上がれるかどうか難しい所だ。上を目指しているのか?」


「仲間で話し合ってるけど、上を目指すというより楽しくやって行こうという事になってる」


「楽しくやれるのは今のうちだけだ。私のように上を目指すならいいが、年をとった冒険者の末路はそれほど幸せなものじゃない」


「分かってるよ。だけどあたしらは一カ所に留まるのが嫌なんだ。いろんなところに行っていろんな物を見て、そんな暮らしが続けたいんだよ。だから上に立って人の指導なんて性にあってない」


 だが今の要望を聞いてピンと来てしまった! なに? それじゃあ好都合じゃないか!


「ちょーっと姉妹のお話のところ悪いんだけど…いい?」


「ああ」

「はい」


「さっきソフィアの説明にもあったんだけど、シーノーブル騎士団は国中に作る事になってるんだよ」


「それは聞きました」


「国中を周って希望者を集い、戦士に仕立て上げなくちゃならないんだ。だからむしろ王都に居ない事の方が多いと思う」


「なるほど」


「それに訓練と言っても、騎士団のような訓練をしなくてもいいんだ」


「どういうことです?」


 俺はニヤリと笑って言う。


「冒険者がやっている事を訓練としてやらせてほしい」


「「「「えっ?」」」」


「薬草採取、魔獣狩り、探し物、護衛。冒険者がやっている事を訓練のカリキュラムに組んでやらせるんだよ」


「そんな事で良いのですか?」


「そうすれば女性でも森に入る、洞窟にも入る。否が応でも戦闘能力を上げないといけない、兵士としてのノウハウを冒険者をやりながら身に着けてもらうようにするんだ」


 皆はポカンとして話を聞いていた。するとソフィアが俺に聞いて来る。


「ギルド報酬や薬草や魔獣の素材はどうなります?」


「研修時に取れた素材の権利は全て朱の獅子のもの。そして各地に騎士団を設立しても、まったく仕事がないんじゃ成り立たない。だから研修の最終試験で、冒険者登録をするんだよ。もちろん冒険者になるわけじゃなく、ギルドから仕事をもらいつつ、有事の際は聖女騎士団の仕事をするって訳」


 ソフィアの目が輝く。


「素晴らしいですわ! 聖女基金からの給金も貰いつつ、ギルドで人の役に立てるなんて。それをシーノーブル騎士団の基礎といたしましょう! その旨の誓約書をしたためますので、それをもって取り決めをしていけば、非常に合理的な組織が組み上がると思います」


「でしょ?」


 そして俺は朱の獅子の四人に向かう。


「どう? 聖女の騎士として給金が出る。各地を旅して周れる。冒険者の仕事を訓練として希望者に課し、研修で採れた素材の権利は朱の獅子のもの。その時のギルド報酬も朱の獅子のもの。その子らが初級冒険者として登録し動けるようになったら、また次の場所に行って同じように研修をする。やっている事は今とあまり変わりがなくて、うちからの給金が出るって仕組み。これウィンウィンでしょ?」


「ういんういん?」


 しまった。前世の言葉が出てしまった。


「ああ、それはいい。とにかく、国中にシーノーブル騎士団を作るには、恐らく三年以上かかると思う。そのころにはあなた方も、身の振りを考える頃だし悪いことではないと思う」


 するとロサが言う。


「ちょっと四人で話してもいいですか?」


「どうぞどうぞ。部屋の前で待ってる」


 そして俺とソフィアとアンナが部屋を出る。


「地方で優秀な人が出たら、昇格試験を行って王都に来てもらおう。王都に来たら更に待遇が良くなるという事も盛り込む」


「素晴らしいですわ聖女様。そう言った目標があれば、腐らずに励むことと思います」


「だよね。その為の制度を儲けようね」


「はい」


 地方の彼女らには、一生懸命お勉強してもらって、本社勤務を目指してもらう事としよう。


 しばらくしてロサが顔を出した。俺達が中に入るとロサが俺に言って来る。


「その条件で良いのならば、受けさせていただきます」


「あ! そう! よかった!」


 するとアンナが言う。


「賢い選択でよかった。お前達がダメなら、この美味しい条件を他の奴が受けたところだぞ」


「わかってる。お姉ちゃんには感謝してるよ」


「いや…それを言うなら、私もお前に感謝している。聖女の剣に推薦してくれたんだからな」


「お姉ちゃん…」


 するとそこにミリィ達がやって来た。


「料理が出来ました。お運びしてもよろしいでしょうか?」


「ああ、じゃんじゃん持って来て! お酒も追加で!」


「かしこまりました」


 ロサは後に伝説のシーノーブル騎士団創始者となる。そのせいでタンクのパストは伝説の女重戦士として名を残し、斥候のイドラゲアは伝説の忍びとなり、魔法使いのシャフランに限っては、いずれシーファーレンの弟子となってしまうのだった。


 この時彼女らは、まだその将来を分かっておらず、条件の良さに気分を良くし浮かれて飯をがっついていたのだった。

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