第316話 聖女騎士団、本格採用決定

 以前試験的にやった貴族子女研修会よりも、規模が格段に大きくなってきた。シーノーブル(貴族子女研修会)の理事長がソフィアに代わっただけで、めちゃくちゃ貴族子女の参加数が増えたのだ。ソフィアの求心力は尋常じゃなく、箱入りの公爵令嬢という印象は全くなかった。


 凄いなあ…。やっぱりソフィアって凄いんだぁ。


 俺はその仕事っぷりを目を細めて見ているだけ。だって俺は本当にお飾りで、実行はぜーんぶソフィアがやってくれるんだもん。


 そして今日は、ソフィアが中心となって進めていたある事案を持って、王宮に詰めているところだ。ルクスエリムや大臣達がいる場所で、それを話す事になっているのである。


 まずは俺が、ソフィアが書いた台本に沿って口火を切る。


「今日は御多忙の中、お集まりいただき誠にありがとうございます。現在、我が聖女財団にて進めている事案につき、お話を通しておきたくやってまいりました。詳しい事は先に書簡にてお伝えしている通りでございます。全て目を通して頂いているという前提で、話をしていきたいと思いますがよろしいですか?」


 どうやら異議はないようだ。


 ここに集まっているのはルクスエリムと大臣連中、そして軍部の人間と、教会の重鎮たちまでがいる。今回話すのは、それだけ重要な事案なのである。


 宰相のザウガインが発言する。


「発言をよろしいですかな?」


「うむ」


「此度の聖女様からのお話でありますが、慎重に考えて行かねばならない事案だと進言いたします」


 流石にルクスエリムもそれに同意した。


「そのようだな」


「皆様もそのつもりでよろしいですかな?」


「「「「「異議なし」」」」」


 かなり重い雰囲気だ。それだけ軽々しく決められる内容では無いのだ。


 俺達が提示しているのは、シーノーブル騎士団の正式採用についてである。ソフィアがかねてより、アンナとリンクシルを使って喧伝していたのだが、いよいよそれを本格始動しようという腹づもりなのだ。そしてザウガインが続けた。


「まず。聖女様が私兵を持つ必要性と意味あいをお伺いしたい」


 俺は、あらかじめソフィアの台本を頭に叩き込んでおいたので言う。。


「はい。まずは税金で賄われている国家の騎士団を、聖女個人の護衛に使うべきではないという意見です。今は私が英雄視されているため、国民感情としても当然であると考えているようですが、それがこのまま続くわけがないという理由です」


「いや。それならば聖騎士団がおられるではないですか?」


「聖騎士団もそれなりに力を持ってはいますが、国家騎士団や近衛騎士団に比べれば規模は小さいです。それに聖騎士団は、教皇や枢機卿を守るべく存在する騎士団ですので、これを聖女一個人の護衛をする為に使い続けるのは無理があるでしょう。お布施で運営されている為、教会関係者である私の護衛をしろという意見はあるでしょうが、現実的にそれだけでは足りないという事です」


「……」


 どうかな? かなりの正論だと思うが? するとザウガインが軍部に話を振った。


「ダルバロス元帥は、どのようなお考えでありますかな?」


「恐れながら申し上げる。我々は此度の聖女様のご提案は、悪いものではないと考えます」


「それは何故です?」


「自分らの恥を晒すようではございますが、以前あった騎士団の謀反や国家を乱した罪は重い。完全な管理不行き届きではありましたが、邪神ネメシスの横行を許していたという事も影響しています。それについては教会側にも責任があると思うのですが、いかがですかな?」


 するとじっと座っていた教皇が、枢機卿に耳打ちをする。自分では話さないつもりらしい。


 たぬきめ…。


「さきほど聖女様もおっしゃっていた通り、聖騎士団は規模が小さく国家レベルの運用はされておりません。広い国家内で邪神の悪さが行われていたとしても、全てを網羅して潰す事は不可能でございますな。それに聖騎士団は謀反を行ってはおりません」


「耳が痛い。という訳で宰相に進言します。現在の各騎士団の構成では、邪神を止める事は難しいのではないかと考えます。そこで聖女様が率いる騎士団が動けば、邪神の抑止になると考えた訳です」


 いいぞ、いいぞ。俺はただ聖女邸の周りを男の騎士がうろつくのが嫌なだけだが、ソフィアの書簡と台本通りに答えてたら国家のボロをつつくようになっている。ほんとにすげえ。


 だが今度は総務大臣のペールが言う。


「その資金でございますが、全て聖女財団で賄うというのは本当ですかな?」


「間違いございません」


「ならこちらは問題ございませんな」


 まあ総務大臣は、金の事以外は関与しないだろうからな。


 次に外務大臣のホムランが別の角度から言う。


「一つ気になる事でございますが、聖女騎士団の規模でございます。どの程度の規模を想定しておられるのかお聞きしたい」


 するとソフィアが俺に巻物を渡してくれる。俺はそれをクルクルと開いて言う。


「トリアングルム国から、ネメシスの一件で私個人に多大な献上品を頂いております。白金貨五千、装飾品百点、騎馬五十頭、騎馬戦車十台、千人分の鎧兜、刀剣槍三千、薬草及び野菜の種を五百袋、穀物袋を三千です。現在白金貨五千と装飾品百点はこちらで預っておりますが、他は軍部預かりとなっております。それらの維持管理は全て国家で賄っている状態となっておりますが、我々はそれを遊ばせておくつもりはございません」


 それを聞いて室内がざわつく。いよいよルクスエリムが発言した。


「聖女よ。千人分の鎧兜があるのだが、もしかすると…」


「はい。総員千名の騎士団を想定しております」


 流石にざわつきが大きくなった。そして今度は中将のケルフェンが眉をひそめて言った。


「私兵で一個師団ですと?」


「そうです」


「それはいささか…」


 そうかな? そうかも…。俺はこっそりソフィアに耳打ちする。


「ちょっと、多かったんじゃない?」


 するとソフィアは首を振って耳打ちして来た。


「国内に散らばるとそれほどの数ではなくなるのです。邪神の事を考えるのであれば、それは妥当な数字であると思います」


 うんうん。なるほど。


「恐れ入りますが。王都に一個師団を駐在させるわけではございません。ネメシスはどこに現れるか分からないのでございます。ですから我が聖女騎士団は各地に分散する事となります」


「なるほど…そう言う事ですか」


「はい」


 それだけの物資と金を持っているのだから、それを活用するべきだと俺も思う。せっかくトリアングルムからもらったものを、眠らせておくのはもったいない。


 そこで宰相ザウガインが言った。


「万が一で御座いますが、聖女騎士団が謀反を働く事はありませんかな?」


 あ、確かにそうだよね…。


 俺はソフィアに耳打ちする。


「どう言おうか?」


「国と違うのは資金力です。トリアングルム王は継続支援を約束しておられますし、国内の貴族はほとんど聖女財団に寄付をしてきます。それらを賄う事は容易に出来ます」


 なるほどなるほど。


「あー、恐れ入ります。私はトリアングルムとの約束もございますし、聖女財団の基金もございます。千人であれば国家の騎士団よりも聖騎士団よりも数は少ない、よって賃金は普通の騎士よりも出せます。充分な報酬があれば、謀反を起こす事も少ないかと思われます」


 多分痛いところを突いたはず。ネメシスが起こした国内の争乱は、待遇の悪さが招いたものだから。未だに完全には改善されておらず、そう言われれば言い返せないだろう。


 だがそこでケルフェンが意地を見せた。


「いま正規の騎士団では、待遇の改善はもちろん更に厳しい規律によって運営されています。二度とあのような事件を起こさぬように、人員配置を変えて団長への教育も施していますので、二の轍を踏む事はございません!」


「もちろん私は、騎士団や国の在り方を批判しているのではありません。聖女騎士団は完全なる、対邪神対策に特化した騎士団となって行くでしょう。邪神ネメシスが忌み嫌う物が何か分かりますか?」


 するとルクスエリムが聞いて来た。


「なんじゃ?」


「女です。ネメシスを倒す物は女から生まれ出ると知っているのです。ですから、力のある女性が国中に配備されるのは、邪神にとって最も都合が悪い事なのです」


「なるほどのう…」


「それに国家の有事には必ず力を貸すと約束しましょう。ただのお飾りのような騎士団では、市民達からの印象も良くありません。ですから聖騎士団とは違い、有用に運用できるものと思います」


 どうだ? たぬき。なんとか言え。


 そしたら流石に教皇が自ら言った。


「わかりました。我が聖騎士団も、聖女騎士団が動く際にはお力を貸すと約束いたしましょう」


「わかりました」


 そして宰相ザウガインが言う。


「では皆様! 此度の聖女様による提案について、裁決を頂きたく思います。賛成の方は御起立をお願いします」


 すると全員が立ち上がる。それを見てルクスエリムが言った。


「うむ。それでは聖女騎士団…名はなんと言ったか?」


「シーノーブル騎士団にございます」


「シーノーブル騎士団の設立を決定する」


「「「「「「は!」」」」」」


 ぱちぱちぱちぱちぱち。


 ふぅーーーー。決まったよ。これで俺ん家の周りに男がうろつく事は無くなるのかな?


 俺はソフィアを見てにっこりと笑う。ソフィアが考えた通りに進んだので俺は満足だった。ソフィアは俺には無い志を持っていて、これらは全て国の未来につながると考えているのだ。もちろん俺も、これで女達就職先が一つ増えたので嬉しい。


 この事で、ヒストリア王国は新たな社会に向けて変わり始めたのであった。

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