第315話 公爵令嬢ソフィア、表の顔
参謀が優秀だと、めっちゃスムーズに事が決まって行くんだなって思う。貴族子女研修会の名前も、ソフィアが考えてあっさり決まる。
『シーノーブル』貴族の生き方を学ぶという意味だ。
従来の貴族の生き方ではなく、これからの貴族の生き方を学ぶという意味でつけてくれたらしい。非常に簡潔でキャッチ―で分かりやすい、ソフィアの聡明さがうかがえる名前だ。
そしてマジで贔屓目で見ているのではなく、ソフィアは優秀過ぎる人なのだ。いろんな草案をたてて話し合い、次々に俺に決済を伺って来る。正直、ノーと思える提案が一つも無かった。
前世ヒモの俺には到底できない事ばかり。
「すっごく助かるよソフィア」
「そう言っていただけると、非常に嬉しゅうございますわ」
恐らくだが、彼女はIQがめっちゃ高い気がする。処理能力が段違いで、個人の能力で言えば聖女邸の誰も敵わない。
「名称って意外に大事なんだなって思わされた。シーノーブルという分かりやすい名前が決まってから、一気に貴族に広まったよね」
「それは。聖女様の影響力の高さ故でございます」
いやいや。俺の影響力をこんなに有効に使ってくれるなんて、思ってもみなかったからびっくりだ。ソフィアは俺の影響力の大きさを最大限利用して、貴族のネットワークを使い一気に名前と目的を広めてくれたのだ。
本当に凄い人なのである。
とにかくソフィアは…俺の仲間内には誰も出来ない事が出来る。こればっかりは俺も初めて見て感動を覚えたくらいで、ソフィアは俺のそばにいる時と、貴族達の前に出た時とでは全く様子が違うのだ。まるで人格が変わったのではないかと思えるほど、百八十度違う。
貴族と話をするソフィアは、俺が緊張してしまうほどに鋭くて鳥肌が立つ。
一見すれば高圧的ともとれるその態度だが、ソフィアの美しさと公爵家という権力、そして聖女の傘の下に付いたという事も相まって、誰もが反論できないのである。とにもかくにも、その様が板につきすぎていてカッコイイのである。
「ではまいりましょう」
仕事となると人が変わったように、俺にすら遠慮がないのが良い。俺は最近ソフィアのお飾りとして、王都中の貴族の元を訪れているのだ。ソフィアはシーノーブルの理事長としての権限をフルに活用して、その使命を全うしようとしてくれていた。
好き。
まじで、もっと惚れた。
その力があった事は前から勘づいていたが、実際に目にするとこれほど頼もしいものは無い。ソフィアは使えるものは全て使うのだ。こればっかりは恐らく、貴族としての責任を幼少の頃からたたき込まれてきた結果だろう。リーダーとしての資質がずば抜けて高いのである。
ソフィアの仕事中は、聖女邸の誰もがピリピリする。
今も周りにはスティーリアとヴァイオレットとアデルナ、マロエとアグマリナがいるのだが、皆がそのほれぼれする手腕に尊敬の念を抱かずにはいられないようだ。
「「「「「いってらっしゃいませ」」」」」」
めっちゃ引き締まる。
「じゃあ、みんなヨロシクね」
「「「「「はい」」」」」
俺が出かけると聞き、アンナとリンクシルが護衛についた。
そうそう、アンナとリンクシルの衣装も変わった。もちろん戦う時はこれを着ないが、市中を周る護衛時はお揃いの白いプレートメイルを着ているのである。プレートメイルには聖女の紋章が入っており、聖女の私兵である証となるのだそうだ。こういう事も全てソフィアの案で、普段アンナはあまり人の言う事を聞かないのだが、素直に従って着ているのだ。それだけでもソフィアの能力の高さが分かる。
馬車に乗ってリンクシルが手綱を握り、アンナが乗馬しそれについて来る形になる。しかもだ…馬車の馬もアンナが乗っている馬も、全て高額な白馬に変えた。この一行が市中を走るだけで、人々は足を止めてこちらに祈りを捧げるようになった。
門の外に出ると、ソフィアが窓を開けて周辺警護の騎士に告げる。
「なんぴとも入れる事の無きように、聖女様のお身内に傷一つつける事、許しません」
「「は!」」
そうして窓を閉め、リンクシルが馬車を走らせる。
ソフィアはシャッ! とカーテンを閉め、そしてなぜか正面じゃなく俺の隣に座った。
「聖女様…私の事をきついと思われますか?」
「ぜんっぜん! 仕事出来るいい女にしか見えない」
「それならいいのです…。私は聖女様に嫌われてしまうんじゃないかと思ってしまうのです」
ああ…。可愛い…。俺の前だけで見せるこのデレ…。
「嫌う訳がない。こんなに頑張ってくれているのに」から
「ほんとうですか…」
「本当。だからめいっぱい私を使って! そして極端なくらいにその手腕を振るってほしい! ソフィアは人を導く能力に長けてるから」
「それは。聖女様が私の後ろにいるという安心感と、シーノーブルの理事長という肩書を下さったからです。まだ新しい組織ですが、王都中の貴族の憧れとなっているのです」
いや。それはソフィアがそう仕向けたからなんだけどね。
「そう思ってもらえるのは嬉しい」
「最近では、剣術に励む女性も増えて来たのですよ」
「それはいい傾向だけど、なんでかな?」
「シーノーブル騎士団に入りたいと思われているのです」
「シーノーブル騎士団って言ったって、アンナとリンクシルしかいないんだけどね」
「あの二人は、貴族子女の憧れの存在となっているのです」
「そうなの?」
「はい」
知らんかった。いつの間にかアンナとリンクシルが象徴的な存在になってた。
「いいね。理想的な流れになって来てるみたい」
「そう言っていただけますと、私は本当に嬉しゅうございますわ。聖女様の願いをかなえる事だけが私の至福なのです」
えー。俺はソフィアがデレてくれるのが至福ぅ!
「うれしいよ…そんな事言ってくれるの」
「だ、だって! …失礼しました。聖女様の恩為に私はあるのです」
んー。一瞬崩しそうになったけど、これから仕事だから耐えたんだね。かわいいなあ。
すると馬車の外のアンナから声がかかる。
「ドモクレー伯爵邸に到着するぞ」
「あ、はい」
するとソフィアはスッと、対面に座ってすまし顔になる。
コンコン!
馬車のドアを開けると、アブラギッシュなドモクレー伯爵がにんまりとして立っていた。
「これはこれは、ドモクレー伯爵自らお出迎えいただけるなんて」
「な、何をおっしゃいますやら! 聖女様とソフィア様がいらっしゃるのに、屋敷の中などにおられるでしょうか!」
そう言って跪いた。
ソフィアが先に降りて俺の手を取ってくれる。本来なら騎士や貴族の仕事だ。ソフィアが言う。
「ドモクレー卿。それが聖女様をお招きする正しい態度です。いつもそのように心掛けるようにお願いしますわ。世の騎士は、おこがましくも聖女様のお手を取ろうとする。不浄の手で聖女様に触れる事の無きよう、王都中に知らしめてくださいませ」
「はっ! もちろんでございます! 周知徹底は私目にお任せくださいませ!」
ぞくぞくするぅ! ソフィアカッコイイ! ああ…抱いて欲しい。
「では、聖女財団基金の用途についてお伝えいたします。聖女様を丁重にご案内するように、粗相をすることは許しませんわ」
「は、はい! ただいま!」
するとドモクレー伯爵家の使用人たちが全て出て来て、道の両脇に立って俺達を屋敷に通した。
まあドモクレーはドモクレーで、人を見る目だけはある。ここに付けば貴族社会で大きな顔を出来ると知っているのだ。アブラギッシュな奴ではあるが、案外読みは正確だったりする。
ソフィアは正面だけを見てキリリと歩き始め、俺はその後をゆったりと付いて行く。玄関の階段に差し掛かると、ソフィアが俺の手を取ってくれる。
ああ…好き。
「お気を付けください」
「大丈夫だよ」
そして俺達は玄関に入り、ドモクレーから最高級のおもてなしを受けつつ、貴族子女研修会シーノーブルの日程調整を始める。ドモクレーに薦められてソフィアがお茶を飲み、その茶葉の生産地や焙煎方法について話をした。
俺じゃ全く分からない。
「聖女様。美味しいお茶にございます」
飲んでみるが確かにうまい。だがいつものお茶とそう大差はない。
「ありがとうございます! やはりお目が高い! この茶葉はなかなか手に入らないのでございます」
俺は知っている。こうやってソフィアが厳密に言い当てる事で、自分らの目が節穴じゃないぞ! って知らしめている事を。こちらの目を誤魔化そうとしたら、その場で全て指摘させていただく! と言った感じの意思表明なのである。
実際、他の貴族の所で適当に繕おうとした時、ソフィアにぎっちりと指摘されているのを見たことがある。俺が何をしても、なーんにも言わずにニコニコしているのに、貴族のおっさんらに対してはめっちゃ厳しいのである。
「では本題に」
「は、ははー!」
話はソフィアから一方的に進められ、行く場所と日程と規模を伝えるだけ。あとは、全てお前動けよ! わかってるな! って言う威圧をくれてやるのみ。それによって貴族らは必要以上に気を使って、段取りを進めてくれるのだ。
ドモクレーは汗を拭きつつ場所の確認などをしていた。
「それでは今回は、ヴィレスタン領への視察という事でよろしかったですね」
「そうしてください」
「はっ!」
そう。一発目の研修会の地は俺の提案で、ルクセンの領地に足を運ぶ事にしたのである。
もちろん俺の下心の為に。
ルクセンの孫娘ウェステートに会いに行く為に、その地を研修会に選んだのだ。なぜならばソフィアとウェステートに仲良くなってもらいたいから! それだけの為に大がかりな研修を行わせることにしたのだった。
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