第313話 麗しの公爵令嬢と踊る

 ハンバーガーランチを終えてまったりとしている時、俺が三人に言う。


「では舞踏室へどうぞ」


「舞踏室でございますか?」


「そう」


 作戦は、まだまだ終わらないのである。


 三人を連れて舞踏室へ行くと、これまた三人の女が待っていた。


 一人はスティーリア、一人はヴァイオレット、一人は騎士専門BARマドンナの女主人になったミラーナだ。三人は上質な大人っぽいドレスに身を包み、俺達に深々とお礼をした。


 マロエが言う。


「スティーリアさんと、ヴァイオレットさん?」


 スティーリアとヴァイオレットはちょっと厚めの化粧をしている。ミラーナはいつも通りで飲み屋の化粧をしていた。いつもと違う雰囲気に、マロエとアグマリナも驚いている。


 スティーリアがピアノに座り、ヴァイオレットが置いてあったヴァイオリンを持つ。スティーリアは教会でパイプオルガンを弾くし、ヴァイオレットは男爵の娘でヴァイオリンが弾けるのだ。王宮の文官になる時も、試験でヴァイオリンを弾かされたことがあるらしい。


 すると二人がこの世界の曲を奏で始め、ミラーナが美声で歌い始める。


「素敵ですわ」

「本当に…」

「これは、悲恋を歌っているのかしら」


 俺はソフィアの隣りに立つが、歌は聞かずソフィアに全集中していた。三人の演奏がこの上なく美しいので、うっとりしているようだ。一曲が終わり、ソフィアとマロエとアグマリナが拍手をする。


「お美しゅうございます」

「お二人が音楽をしていたのは初めて知りました」

「素晴らしい音色です」


 そりゃそう。夜な夜な部屋に俺が結界を張り、音が漏れないようにして毎日練習したんだもの。


 そして俺は、チラリとスティーリア達三人にアイコンタクトを送る。すると今度は淡い恋を歌った曲を奏で始めた。ミラーナの美声が甘く語り掛けるよう響く。


 いまだぁぁあぁぁ!


「ソフィア。踊りませんか?」


 するとソフィアが俺を見て顔を赤くする。


「せ、聖女様と…踊りを?」


 するとマロエとアグマリナが言う。


「拝見したいわ」

「聖女様が踊るのを見たことがございません」


 そりゃそうだ。俺はもともと踊れねえもの。だけど一通りのマナーを体に叩き込んでいるミリィと、これまた意外な事に、全ての礼儀に精通しているアデルナが特訓してくれたんだよ!


 この日の為に、俺は男踊りをきっちり覚えたんだ! 


「さあ」

 

 俺がめっちゃカッコよくソフィアに手を伸ばす。


「よろしくおねがいします」


 きた…。やっとこの時が…。あの聖女認定式の月夜のベランダの続きが。


 夢のような時間だった。死ぬほど特訓したダンス。頑張ってよかったぁ!


 俺の腕の中で踊るソフィアが、頬を赤く染めている。敷いて言えば身長が欲しかったが、俺も女なので仕方がない。同じくらいの背丈の女が二人、仲睦まじく踊り続けた。なんとスティーリア達が気を聞かせて、曲を延長してくれるサービスもしてくれた。


 曲が終わり、俺はソフィアの腰をグッと抱きしめて見つめる。


「素敵な時間をありがとう」


「はい…」


 えっと、こういうときチューしていいんだっけ? そうなんだっけ?


 すると室内にパチパチと拍手が起きた。マロエとアグマリナ、スティーリア、ヴァイオレット、ミラーナが拍手をしてくれている。そこで我に返りソフィアはスッと離れて、美しいカーテシーで挨拶をした。まあ人が見ている前で、チューして良い訳はない。ここではまだ我慢だ。


 するとソフィアが言う。


「まさか聖職者であらせられる聖女様が、舞いを舞われるとは思いもよりませんでしたわ」


「実は…今日の為に練習をしたんだけどね」


「ええっ! 私の為に練習を…」


「楽しんでもらえた?」


「はい」


 皆が優しい目で見ている。俺がずっと会いたがっていたのを知っているので、めちゃくちゃ歓迎してくれているのだ。


「ちょっと体が火照っちゃったね。外で涼みに行こうか」


「はい」


 そうして俺は三人を連れて、広い庭に出ていく。するとそこでは、アンナとリンクシルが体を鍛えていた。俺が手を上げると二人が寄って来る。


「ごきげんよう聖女様の守護者様」


 ソフィアがカーテシーで挨拶をする。本来は人見知りのアンナだが、俺がソフィアを思っている事を知っているので優しく接する。


「公爵様の御令嬢。今日は堪能できたか?」


「それはもう。その節は、命がけでお守りいただきましてありがとうございます」


「当然の事だ。聖女が助けたいといった人を見殺しにする訳にはいかない」


「…言葉もございません」


「それより今日はどうだった? 今日の為に、聖女は一生懸命頑張っていたんだが」


「アンナ…はずかしいよ」


「本当の事だ」


 するとソフィアが俺を見てまた頬を染める。


「ありがとうございます。これまでの辛い思いが、全て吹き飛ぶようでございます」


「よかった! ソフィアは、ずっと辛い思いをして来たからね」


「本当に…うれしいです」


 そう言ってソフィアが目頭を押さえたので、俺はスッとハンカチを渡す。


「もう泣かなくていいよ。そうだ! ここで二人の剣の訓練でも見学しよう」


「はい」


 するとアンナが言う。


「普段通りで良いか?」


「普段通りでも凄いからいいよ」


 そうしてアンナとリンクシルが組手を見せる事になった。リンクシルが飛びかかりアンナがいなしていく形になる。それを見てソフィアが目を丸くする。


「凄い…」


「でしょ。この力をもってしてネメシスには全然だったからね…。本当に生きて帰れて良かったよ」


「いまだに信じられません」


「だね」


 アンナとリンクシルの組手に感動したソフィア。


 そろそろ総仕上げと行こうか。夕日が照らし出す庭で俺はこっそり拳を握るのだった。

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