第296話 圧倒的な邪神の力

 魔力が枯渇し体が一気にだるくなる。対帝国戦でもこんな事にはならなかった。だが目の前の巨大なバケモノを倒すには、それくらいやらないといけなかったらしい。


「聖女!」

「「聖女様!」」


 アンナとリンクシル、ネル爺が俺の元へと駆けつけて来た。


「みんなよくやったね。ネメシスを倒してくれたおかげで、聖魔法を全てぶつける事が出来たよ」


「死んだのか?」


 皆が動かなくなったネメシスを見る。黒い瘴気は出ていないし、動く気配は感じられない。


「どうなんだろう?」


 そこにシーファーレンがやってきて言った。


「いまのうちに、出来るだけ遠くに逃げましょう」


「分かった…」


 俺が立ち上がろうとするも、体に力が入らない。完全に魔力を使い果たしたようだ。


「わたしの背中に」


 アンナが背中を向けて、リンクシルとネル爺が俺の体を起こした。そしてアンナの背中に体を預けると、アンナがスッと立ち上がる。


「聖女様!」


 ソフィアとマルレーン公爵たちもやって来た。そしてマルレーン公爵が言う。


「やったのですかな?」


「わかりません。ですが今のうちに遠くまで逃げましょう。マグノリアとクラティナ、ゼリスは?」


 リンクシルが言った。


「探しに行ってきます!」


「ならわしはゼリス君の方を」


「お願いします」


 リンクシルとネル爺が、森の中に消えていく。そして俺達はこの場所から離脱する為に歩きだした。


 その時だった。


 ブン! バシン! ゴウッ!


 俺とアンナが突然吹き飛ばされる。横っ飛びになりながらも、皆の叫び声が聞こえた。


「「「「聖女様!」」」」


 凄い衝撃が体を砕かんばかりに走った。俺達を襲ったのは、行動を停止したと思っていたネメシスの腕だった。それが水平に振られ、俺とアンナを殴りつけたのだ。アンナは咄嗟に体を入れて俺を守った為に、その拳の直撃を受けてしまった。


 二人は、ゴロゴロ! と転がり、草木を飛び散らせて木にぶつかって止まる。


「ごほっ! すまない…」


 アンナが血を吐きながら俺に謝る。


「アンナが守ってくれなきゃ、身体強化がかかっていない私は死んでた!」


「守れて良かった…はあはあ。ゴホッ!」


「アンナ!」


「だい…じょうぶ…だ。まだ戦える」


 剣を杖のようにしてアンナが立ち上がる。アンナが気配を感知できずに不覚をとるのは初めての事だった。俺も体が痺れているが、なんとかアンナを支えて立つ。


「みんなは!」


「いこ…う」


「ごめんね。魔力を枯渇させてしまって、アンナを治癒出来ない…」


「気に…するな…」


 よろよろになりながらも、俺とアンナはみんながいる方へと向かった。向かう先では、シーファーレンの立体的な魔法陣がつき立っていた。どうやらなんとかネメシスを抑えようとしているらしい。


「シーファーレン達…逃げてくれればいいのに」


「聖女を置いてか? ありえん」


 俺の中では自分が聖女という事に疑問が湧いていた。ソフィアの未来透視の力が本来の聖女の力だとシーファーレンが言っていたからだ。もしかしたら聖女はソフィアで、俺は偽物かも知れないのだ。


「私…聖女かな?」


「そうだ。それ以外ない」


 アンナはそう言うだろう。だが俺はアンナを守れなかった。聖女ならばこの事は予測できたのではないだろうか?


 ズズズズズズズ!


 ネメシスがゆっくりと起きだした。さっきより動きは悪く弱っているように見えるが、それでも俺の聖魔法で止めを刺す事は出来ていない。


「あそこには…ソフィアもいる」


「いそ…ごう」


 俺のわがままで、アンナを瀕死の重傷に晒している気がしてきた。俺はアンナに言う。


「ちょっと、ここにいて。そんな体じゃ動けない」


「オトリにくらいはなる」


「ダメだよ」


「それはこっちの台詞だ」


 アンナは言う事を聞いてくれなかった。とにかくフラフラになりながら進んでいくと、大きな光が輝いた。シーファーレンの魔法が炸裂して、ネメシスの動きがぴたりと止まる。俺は力を振り絞ってシーファーレンに言った。


「シーファーレン! ソフィア様とマルレーン公爵を連れてここを離れて!」


 シーファーレンは戸惑うようにして、俺とソフィアを見比べている。だがソフィアが言った。


「離れません! 最後まで聖女様とご一緒させてください!」


「でも!」


 そんな問答をしているうちに、また鳥たちがネメシスの頭の周りに集まり始めた。どうやらゼリスが使役し直しているらしい。ネメシスもあの黒霧を出す事は出来ずに、手を使って振り払い続けている。


「聖魔法は効いてる! みんな今のうちに!」


 するとそこにマグノリアとクラティナを乗せたヒッポが歩いてやって来た。どうやらリンクシルが見つけて連れて来てくれたらしい。やはりヒッポの羽はボロボロで、飛ぶ事は出来なそうだ。このための治癒魔法は残しておくべきだった。


「聖女様! アンナ様! ヒッポに乗ってください!」


 クラティナが降りて来て、重症のアンナに肩を貸した。マグノリアが上から引っ張って、アンナをヒッポの背中に乗せる。そして次にマグノリアが俺に手を差し伸べて来た。俺がその手を掴もうとした瞬間だった。


 ブワッ! と風が舞い、マグノリアとアンナを乗せたヒッポごと吹き飛ばしてしまった。その周りに居たクラティナとリンクシルもその風圧に飛ばされてしまう。俺もゴロゴロと転がって草むらに突っ込んだ。


 どうやらネメシスが思いっきり地面を踏んで、その衝撃が周りの木々を倒し俺達を吹き飛ばしたらしい。


「聖女!」

「「「聖女様!」」」


 皆のいる場所と俺の場所が大きく離れてしまう。俺は皆に言った。


「早く逃げて! 急いで!」


 だが皆は言う事を聞いてくれない。それどころか俺の所にソフィアが駆けつけて来てしまった。


「聖女様! 行きましょう!」


「ソフィア!」


 グーン! グーン! グーン! とおかしな声が聞こえて来る。


「何?」


 突然草木を分けて、大きくて黒い球が転がって来た。


「なんだあれ」


 俺がソフィアを吹き飛ばし、その球の直撃からソフィアを守る。その次の瞬間だった。


 バッ!


 俺の体がいきなり締め付けられる。


「しまった!」


 俺はネメシスの巨大な手に握られてしまった。体をがっちりと拘束され、そのまま上へ上へと持ち上がっていく。ネメシスの頭のあたりまで持ち上げられ、顔の正面に持ってこられた。


「離せ!」


「クックックックッ! つかまえたぁぁぁぁ! 聖女お! やっと捕まえたぞおおおお!」


 ネメシスのデカい顔が、小さい時の男の顔に変わって言う。


 マズい…。


 どう考えても最悪の状況だった。俺が何とか脱出しようと体を動かそうとするがびくともしない。それどころかその締め付けは更にきつくなって、呼吸をするのもしんどくなってくる。


「逃げられはせん。既に魔力が枯渇しておるではないか! 終わりだ!」


「お、お前も瘴気を発する事が出来なくなってるじゃないか」


「だが圧倒的な戦力差は覆されんぞ!」


 確かに。どう考えても、非力な魔法が使えない小娘と、巨大なモンスターではどうしようもない。


「くっ、離せ!」


「もがけもがけ! やはり予定通りだ! 我は女神フォルトゥーナを殺すのだ!」


 俺は女神と会った事も見たことも無い。教会の絵や像でそれを確認したことがあるくらいだ。それを殺すと言われても、俺にはピンとこなかった。


「どうやって?」


 いらん質問だった。次の瞬間ネメシスは叫ぶ。


「こうだぁぁぁぁぁ!」


 ブン! とネメシスの手が高々と上げられ、それが凄いスピードで振り下ろされた。俺は風圧で失神しそうになるが、それでも耐えてどうにかしようと試みていた。


 だが…無理だった。


 途中で投げ出され、俺の目の前に地面が急接近して来る。


 ゴチャ!


 …それが俺が最後に聞いた音だった。


 恐らくだが…俺が地面にたたきつけられて潰れた音だろう。俺は前世に引き続き、また死んでしまったらしい。せっかく思い人のソフィアと巡り合って、助けられると思った矢先に地面に叩きつけられて死んでしまったのだ。


 嘘だろ…。


 真っ暗だった。


 でも…。


 意識がある?


 考えている?


 どう言う事だろう? すると次第に光明がさして来て、俺の視界が真白になる。すると俺はどこまでも続くような真っ白い空間にいた。果てが見えず、俺の前にも後ろにも、右にも左にも何も存在しない。ただの空虚が俺を包んでいる。


「天国? 地獄? 三途の川? 煉獄?」


 俺がイメージした物とはまったくかけ離れた空間だった。そこで俺は自分の体の異変を感じる。


「裸?」


 自分の体を見下ろして更に驚く。


 おっぱいが…ない。そしてしばらくぶりの相棒が股間にいる。


 俺はそのだだっ広い空間で、前世のヒモ時代の体に逆戻りしていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る