第293話 本性を現す邪神

 人を吸収したネメシスは突然巨大化し始め、みるみる高い天井に迫り、べりべりと天井が音をたてて壊れていく。すると突然、雄叫びのような声を発し始めた。


「オ、オオオオォォォォォォォ!!!」


 その瞬間、バシュン! と黒霧が膨れ上がり、天井が吹き飛んで破片が降り注いでくる。


「危ない!」


 あまりの事に、あっけにとられ動くのが遅くなってしまった。壊れたシャンデリアが、ソフィアや王族たちがいるところに降り注いでいく。アンナが縮地で俺より早くたどり着き、降り注ぐシャンデリアのガラスを剣ではじいた。俺が結界を張りながら近づくが、何人かの従者は下敷きになってしまう。


 シーファーレン達の方を見ると、マグノリアとゼリス、シーファーレン、リンクシルがヒッポの下に潜り込んでいる。ヒッポは瓦礫をはじいているが、あちこち怪我してしまっているようだ。入り口にいたクラティナとネル爺は、部屋を飛び出したのかそこにはいなかった。


 トリアングルムの王が叫ぶ。


「め、メルキン!」


 見ればメルキンと騎士達が瓦礫の下敷きになってしまったようで、巻き上がる煙でどこにいるか分からない。


「ど、どうするんだ!」


 カイトが慌てて俺に聞いて来たが、そんなの俺にも分からない。俺はここからどうやってソフィアを連れ出すかだけを考えていた。このままここにいては危険極まりない。


「ソフィア。マルレーン公爵様! あの魔獣の元まで一緒に走ります!」


「わかりました!」

「急ぎましょう!」


 俺が振り向いてカイトに言う。


「あなた方も来るといい。ここにいては助からない!」


 そして結界を張ったまま、皆を引き連れてヒッポのところに向け瓦礫の上を走り出す。もうネメシスは足元しか見えず、全容がどうなっているのか分からなかった。


「マグノリア! ヒッポは飛べる!?」


「わかりません! 怪我をしたみたいで」


「私が背に乗って結界を張るから、みんなはヒッポの下に隠れて!」


 俺の指示通りに皆がヒッポの下に潜り込んだ。俺より先にアンナがヒッポの背に飛び乗り、俺に手を差し伸べて来る。俺がその手を掴み、ヒッポの背中に上がると結界を最大に広げた。


「マグノリア! 壊れた壁から抜けるようにヒッポに言って!」


「はい」


 結界を張りながらも、ヒッポが歩きだした。その下にいる人は守られ、ネメシスの足元を抜けて壊れた壁から外に出る事に成功した。外に出て上を見上げると、なんと二階の屋根も突き破ってめちゃめちゃデカくなってる。


「オオオオオオオオオオ!」


 近くで見れば、太くて黒い霧の柱が立ち上っているように見える。俺達が逃げているとそこに、クラティナとネル爺もやって来た。


「なんですかなこりゃ!」

「禍々しい!」


「とにかく離れないと!」


 離れつつも、俺はヒッポに回復魔法をかけた。そのおかげで怪我が治り、足が速くなってくる。


「みんな! ヒッポの足に捕まって!」


 皆が太い四本の足や尻尾にしがみついたのをみて、マグノリアに言う。


「マグノリア! 飛ばして!」


「はい!」


 ヒッポがバサッと羽を広げて、一気に城の外へと飛んだ。そこで俺達が後ろを振り返る。


「オオオオオオオオオオ!!」


 空に黒い雲が渦巻いており、その下に異様の怪物がいた。スリムなちょっとイケメンの男だったが、今では全身が真っ黒な霧で包まれており、眼だけが赤く輝いている。肩から何本もの鹿の角のようなものが生えて、天を仰ぐような姿勢でどんどん大きくなっていった。


 黒いダイダ〇ボッチじゃん…。


「あまり高く上がると落ちちゃうかもしれない! とにかく低空で距離を!」


「はい!」


 ぐんぐんと城を離れ、街の広場に着陸した。市民は突然現れた魔獣に驚くかと思ったが、それよりも城の方に出現した巨大な黒い影にパニックに陥っていた。空を見上げると、どうやらネメシスの成長は止まったらしい。だが次の瞬間だった。


 バガッ!


 突然耳まで口が裂けて、尖った牙が大量に生えているのが見えた。


「あんなのと戦っていたのか…」


 カイトがポツリという。そこで俺が叫んだ。


「陛下! そしてカイト王子! 今は市民を避難させることが先決です! 直ぐに誘導してください!」


「わ、わかったのじゃ!」


「ちぇっ! そういうのはメルキン兄の役割なんだけどなあ…」


 そう言って王族と従者たちは、市民達に声をかけはじめた。


「皆の者! 落ち着け!」


 すると逃げ惑っていた市民が立ち止まる。


「王様!」

「あれは! なんなのです!」

「ばけもの!」


「あれは邪神と言う怪物じゃ! とにかく、みな王城から離れるように逃げるのじゃ! だれかギルドに行って冒険者に声がけを!」


「わかりました!」


 ネメシスの黒い霧が少しずつ薄らいでいき、その下からまるで鎧のようなウロコが見えて来た。


「馬車まで飛べる?」


「それが良いかと!」


 シーファーレンの答えを聞いて、俺は皆に言う。


「ソフィア! マルレーン公爵! 奥様! もう一度つかまっていてください! 絶対に手を放さずに!」


「はい!」

「「わかりました!」」


 周りにはもう人はおらず、通りの向こうで王とカイトが誘導しているのが見える。ヒッポが飛び立った時に、ソフィアが大きな声で言った。


「聖女様! 邪神が、こちらを見ています!」


「えっ!」


 ネメシスを見ると、バッチリ目が合ってしまった。


「オオオオオオオオオオ!」


 ネメシスの手が伸びて来る。俺はヒッポの腹に括り付けてあった魔法の杖を抜いた。


「スプラッシュ! 電撃!」


 ヒッポの後ろに電撃の膜が広がり、ネメシスがそれに阻まれて手を止める。そのまま距離を広げるためにマグノリアに叫んだ。


「もう少し早く!」


「はい!」


 ヒッポがようやく王都の市壁の上を飛び越える。王都の外にも多くの市民があふれ出ていて、俺達はその上を飛んだ。


 今度はシーファーレンが叫ぶ。


「見てください!」


 俺が振り返ると、なんとネメシスの巨大な体が浮かび上がり始めるのだった。


 飛ぶのかよ…。


 あんな巨体で飛ぶなんて反則だった。せっかくソフィアを救出したと言うのに、あれから逃げきれなければ詰むような気がする。このまま馬車がある所に行っても、そこでやられてしまうだろう。


「馬車は諦める!」


「はい!」


 次の瞬間、ネメシスが身震いして体のあちこちから黒い霧が塊となり地上に落ちていく。それが地上に落ちると、建物を崩壊させていった。


「街が!」


「今はどうする事も出来ない!」


 俺達が更に距離を空けようとするが、絶望的な事にネメシスは俺達を追いかけて飛んでくるのだった。

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