第275話 もしかするとパワハラ王子

 いままで薬を作っているところなんて見たことが無かったので、意外にずっと見ていられた。クラティナだけじゃなく、シーファーレンも薬作りに精通しているようで、とても手際よく作業が進められていく。


 メイドから案内されて連れていかれた倉庫には、薬品を作るための素材が大量保管してあり、クラティナもシーファーレンもテンションが上がっていた。


 だがシーファーレンが首をかしげて言う。


「オリジン。知識のある者がいないと、この素材は集まりません。まさか王子にそんな知識があるとは思えませんし、恐らくは薬師がいたのだと思います」


「えっ、それなのに私達をお抱え薬師にした?」


「なんとしても、あの塗り薬が欲しかったのだと思います」


 そいつは申し訳ない事をした。もしそうだとしたら、俺達の計画のせいで職を失った人がいるという事だ。後でメイドさんに聞いてみる事にしようかな…。


 、と思っていたら丁度よく、メイドさんがひょいっと顔を出した。


「あー、ちょっといいですか?」


「はい」


 メイドは表情を変えずに、俺の所に寄って来る。


「えーっと、この城には薬師さんが居たのではないですか?」


「はい」


 あっさり答えてくれる。


「どこにいるのかな?」


「カイト王子が元の薬師様を解雇したのです」


「解雇?」


「はい」


「この建物は新しいし、薬を作っていた形跡は無かったみたい」


「はい。こちらは新しく用意した場所です。倉庫は変わらずですが、前の薬師様がいらっしゃった棟は別の所にあります」


 俺とシーファーレンが顔を合わせる。どうやら俺達は本格的に、前任者を追い出してしまったらしい。


「えーっと、前任者の薬師さんが作業してた場所に連れて行ってもらえます?」


「い、いえ。まずは、カイト王子がいらっしゃってからにしていただきたく思います」


 めっちゃ焦ってる。俺はメイドに言う。


「ちょっとおいで」


「は、はい」


 メイドを部屋の奥に連れて行き、俺は懐から金貨を取り出した。


「はい、これ」


 メイドの手に握らせて手を放すと、メイドがそれを見て慌てて返してくる。


「いけません! いただけません! こんな大金!」


「いやいや。黙っていれば大丈夫。私はカイト王子には言わないから」


 だがメイドがガチガチと震えて来たので、なんだか可哀想になってきて俺は金貨を引っ込めた。どうやらマジでパワハラ臭がして来たぞ。物凄い厳格に管理されているのかもしれない。


「ごめんね」


「い、いえ。ですが、こう言う事は困ります」


「うーん」

 

 と俺が困っていると、シーファーレンがとりもってくれる。


「では、こちらはどうかしら?」


「はい?」


 そう言ってシーファーレンは、クラティナが作った香りのオイルを出した。


「これはね。ほんのちょっと体につけてもいいけど、そうすれば目立っちゃうかもしれないから、お部屋でランプのオイルに混ぜて焚けば、ほんのりいい香りするわ」


 瓶の蓋を少し開けて嗅がせてあげる。


「いい香り…」


「そうでしょう? 日頃大変な思いをしているご褒美だと思って、とっておきなさい」


「で、でも」


 そこで俺が言う。


「私達は誰にも言わない。それに香りくらい自分で買ったって言えばいいじゃない」


「……」


「とにかく受け取って。それを受け取ったからといってあなたに、どうこう言う事はないから」


「あ、ありがとうございます」


「さあ。ポッケにしまって」


 メイドは恐る恐る香りのオイルをポケットにしまった。俺とシーファーレンがニッコリと微笑むと、メイドはしずしずと部屋を出ていく。


「本気で恐れていたね」


「どうやら、カイト王子とは、見た目の優しさとは違うようです」


「まあ、この前も一瞬、垣間見えていたけどね」


「注意すべき人物であるという事はわかりました」


「そのようだね」


 部下には厳しく、いろいろとシビアな感覚を持っているようだ。街で聞いた前評判でも、三男坊が一番のキレ者だと聞いていた。なかなかに侮れない奴らしい。


「まあ真面目に薬の準備をしましょう」


 そして俺達は、いそいそと薬を作る準備を進めた。お昼近くになり、俺達がそろそろお昼だね、なんて話しているところに、ぞろぞろと足音が聞こえて来る。


 すると扉を開けてカイト王子と従者が入って来た。


「おお! すばらしい。まだ正式に依頼もしていないのに、薬の製造工程に入ってるとは!」


 作戦成功かな?


「ええ。時間を無駄には出来ませんから。準備をしつつもカイト王子様の到着をお待ちしておりました」


「そうかそうか! 凄いね。でももうすぐお昼だから、どうだろう? 僕と食卓を囲んで話でもしないかい?」


 いや! メシマズ! おえ!


「喜んで! 皆が参加をしてもよろしいのであれば」


 するとカイトは少し考えて言う。


「もちろんだよ。皆も一緒にどうぞ」


「ありがとうございます」


 ふう。とにかく俺はコイツと二人きりにはなりたくない。クラティナとシーファーレンが火をおとして、パタパタと部屋を出る準備をしているので、俺とアンナと他四人が床の掃除などを始める。


「さすがだね。きちんと職場を維持するのは大事だ」


 いや。やる事無いからやっただけだけど。


「もちろんでございます」


 そして俺達が準備を終えると、カイトと従者について調理場を後にするのだった。目の前を歩く王子は、ニコニコしているが、それは表面上の事だと警戒しながら。

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