第276話 第三王子カイト

 最初の出会いの印象で、意図せずカイトには気にいってもらえているようだ。

 

 やだけど。


 俺達はそのまま食堂に連れていかれて、食卓につかせてもらう。カイトの前に俺、隣にシーファーレンが座らせられ、そこから横にぞろぞろと並び、さっそく食事が運び込まれて来た。


 これだけ部下に厳しい奴だ。正式な礼儀で食事をしないといけないかも…めんどうだけど。


 しかもコース料理形式になっているようなので、いよいよきちんとしなきゃと思う。


 だが、カイトがざっくばらんに言う。


「ではいただきましょう!」


 えっ? お祈りしない?


「あの、恐れ入りますが。祈りを捧げないのですか?」


「えっ? それ、いる?」


「やはり命を頂くのですから、感謝の祈りを」


「堅い! 堅いなあ! でも、それも良いか! ただ、まったく合理的じゃないと思わないか?」


 うわ。祈りをすっとばすのか、コイツは。この世界にしたら珍しいタイプの人間だ。コイツは礼儀や格式よりも、合理性を追い求めるタイプの人間っぽい。それはそれで俺達の対応も軌道修正がいる。


「ですが。祈りは大切です」


「そう? まあ、いいけど」


 とりあえず俺が、正式な言葉で祈りを捧げた。


「終わり? じゃ食べよう!」


 何じゃコイツ。


「はい」


 そして俺達が食事を始めると、カイトが言う。


「凄い丁寧な祈りだったね。まるで修道士みたいだったよ」


 ギク!


「まあ子供の頃から、躾が厳しかったものですから」


「なーるほどねー。そんな厳格に育てられたのに、考え方が柔軟なのは凄いね」


 だめだ。何をしゃべってもボロが出そうになる。


 すると、シーファーレンが俺の代わりに話し出す。


「恐れ入りますが。ご質問をよろしいでしょうか?」


「いいよ!」


「倉庫には薬剤の原料が沢山保管されておりましたが、あれは何故でございましょう?」


「ああ。前の薬師が集めたものだからね」


「前の薬師様?」


「そうだよ!」


「で、あれば前任者は、かなりの知識があったのでございましょう。必要なものが必要な分だけ、理路整然と、そろえられているような状態でございました」


 するとカイトが少し考えるようにして言った。


「だけど、普通のポーションしか作れなかったよ。君らが作るようなハイポーションのような塗り薬は作れない奴だった」


「あの倉庫を見る限りは、長くかけてお集めになったように見受けられますが」


「そうだね。結構長く勤めていたかな」


「今はどちらへ?」


「辞めてもらった。だってもっと優秀な薬師が来てくれたんだから」


 何じゃコイツ! 血も涙もないのか?


「過度に丁寧なお仕事を見るに、几帳面な女性だったように思うのですが?」


「そうだね」


 まったく気にしていないようだ。効率を追って人を排除するような奴か…、前の世界の会社にいっぱいあったような気もする。会社の利益にならなければ、簡単に契約社員を解雇しちまう会社とか。


 そこで俺が言った。


「恐れ入ります。人手がもっとあれば、もっと多くの薬が作れるような状態でございます」


「そうなの?」


「人が足りてません」


「…わかった。おい、アイツを探しておけ」


 従者が険しい表情で答える。


「は!」


 とりあえずその話は終わった。そしてカイトが俺に聞いて来る。


「君さあ。心に決めたような人はいるのかい?」


 いる! ソフィア! だけどなんでお前に言わにゃならんのじゃ! くそが。


「今は、お仕事が大切です」


「そうかそうか! まあ今はそうだろうね」


 するとアンナが言う。


「色恋沙汰は、仕事の集中を欠くのでは?」


 おっと、ちょっと不敬な物言いだぞ。だがカイトは顔色変えずに言った。


「そうか? それはそれ、これはこれだと思うけどな」


 めっちゃ現代的な考え方しとるやないかい。


 あまりアンナに話をさせると問題になりそうだ。と思っていたらシーファーレンが代わりに話す。


「まあ、今は来たばかりですし、右も左も分かりませんわ。薬を作り出す体制を優先させていただけますと、私達も非常に助かりますわ」


「わかった。まあ息抜きはそのうちだな」


「そのように」


「んじゃ、真面目な話をしようか!」


 カイトが言うには、必要な資材は何でも使っていいとの事だった。また足りない材料や、機器があればすぐ買ってくれるらしい。それを聞いてクラティナが目をらんらんとさせている。


「それはありがたいですわ」


「あとは給金の話だが、八人いるからひと月に金貨十六枚ってところかな?」


「えっ?」


 随分破格だ。


「足りない?」


 いや、その逆。もっと出し渋ると思っていたから。


「いえ。ありがとうございます」


 まあ俺達は恐らくひと月も経たずに雲隠れするだろうし、金など受け取らずに居なくなるだろう。それにしても随分大盤振る舞いのような気がする。


「とにかく頑張って、あの薬を量産してほしい」


「わかりました」


 そして食事が終わり、カイトが酒を勧めて来たが、俺達は明日の朝が早いと言って断る。するとカイトはあっさりと引き下がり、俺達は解放されたのだった。


 部屋に戻り、シーファーレンが結界を張ってくれたので話を始める。


「随分と割り切ってる王子だった」


「ですわね。あれで人がついて来るのでしょうか?」


「うーん。第一王子と第二王子がいるだろうし、第一王子は人望があるんだっけ? 王様がどういった行政をしているかにもよるとは思う」


「いずれにせよ。ひたすらマルレーン家を待つしかないですわね」


 俺達はシーファーレンの言葉にうなずく。


 ソフィア、早く来てくれ。


 早くソフィアに真実を知ってもらい、ヒストリア王国に連れて帰りたい。間違いなく、あのカイト王子はマルレーン家の足元を見てつけ入るだろう。そうすれば、助ける交換条件にソフィアを差し出せとか言いかねない。そう考えると、俺はここに潜り込めたことを、心から良かったと思うのだった。

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