第274話 住み込みの薬師

 チャンスではあるが嫌なんだなぁ、だってカイン王子は明らかに俺に好意がある。今は薬師に変装しているので、完全に地味女にしか見えないはずなのに、なぜかそんな俺に興味を示しているのだ。


 考えこむ俺にシーファーレンが言う。


「きっとおとなしくて従順な女だと思っていたのに、聡明で賢いところが見えてギャップがあったんだと思いますわ」


 ギャップ萌えつーことか…


 なに! ギャップ萌えだと!!


 まてまてまて! それじゃソフィアも該当するんだが! あのキリリとした悪役令嬢みたいな美人が、めっちゃ礼儀正しくて優しいんだもの! 出会ってしまったら、ギャップで恋に落ちてしまうではないか!


「ダメ! なんとかしなくちゃ!」


「は、はい!」


 俺の剣幕に周りが唖然としている。


「あ、いや。とにかく、この国にネメシスが潜り込んでないかをね! ソフィアが狙われているんだから! なんとしても守らなくては!」


「わかってますわ」


 俺は冷静さを欠いている…落ち着こう。


「で、潜入するかどうかだよね?」


 するとネル爺までが言う。


「これは千載一遇の機会であるかと! マルレーン様に本当の事をお伝えするに、これ以上の事がございましょうか!」


 だよなあ。俺が我慢すれば良い事だし、俺より先にあのエロ王子に接触されても困る。


「わかった。だけどあの不純な王子は何とかしないと」


「ですよね」


「私が近づけん」


「いや。アンナ、まがりなりにも隣国の王子だし、刃傷沙汰みたいなことを起こしたら戦争になるかもしれない。その辺りをうまくやらなきゃ」


 するとシーファーレンが言う。


「聖女様がお話をしてしまえば、更に近づけてしまう事でしょう。ですから、あまりお話にならなければ、なんとかなるのではないでしょうか?」


「な、なるほど」


「出来る限り私達が防ぎます」


「お、お願いできる!」


「はい!」

「ああ」

「わかりました!」


「じゃあ頑張ってみる」


 決まってしまった。


 そう言う事で、俺達はこの国の王宮付の薬師になる事になった。直ぐに連絡をして、迎えに来てほしくないのに従者達がやって来た。前回のような適当な感じじゃなくて、本格的な車列が迎えに来た。


「随分待遇が違う気がする」


「それだけ、重要な人だと位置づけられたのでしょう」


「うわ」


 結局、王宮の使者がここの宿代も全て払い、俺達はただ出るだけになってしまった。とにかく、俺達八人は馬車に乗って王宮に向かった。すると今度はこの前の建物ではない、違う建物に通される。中を見たクラティナが目をキラキラさせ始めた。


「すっごい施設」


「そうなの?」


 俺が周りを見ると、中央にバカでかいテーブルが置いてあり、棚にはガラス瓶のようなものがずらりと並んでいる。火を焚く場所もあり、大きな鍋のような物も吊り下げてあった。


 するとシーファーレンが説明をしてくれた。


「どうやら、薬を作る施設を準備してくれたみたいです。機材が新しいので、恐らくは急いで準備されたようですわ」


「なるほど」


 マジで薬の開発をやってほしいって訳だ。あの王子、ただ俺に気があるって訳じゃなくて、真剣に薬の事を考えてたんだな。


 俺達が適当にそこに荷物を下ろしていると、メイドがやってきて声をかけて来る。


「皆様のお部屋は、この建物の二階にございます」


 そっか。住み込みって事になるんだよな。


「ありがとうございます」


 薬を作る場所の他には、ベッドがたくさん備え付けてある部屋もある。そこで俺はメイドに聞いてみた。


「この部屋は?」


「病棟にもなっております。有事にならないと使われませんが、兵士を収容する場合があります」


「そうですか」


 俺達は二階に通された。俺達に住み込んでもらい、薬の開発をしてもらおうと思っているらしい。相部屋などでは無く、それぞれ一人づつに部屋があてがわれた。しかも部屋はそこそこ立派で、使用人にあてがわれるような部屋では無かった。


「それでは何かございましたらお声がけください」


 メイドが去ろうとしたのでつかまえて聞く。


「あの、今日はカイン様はいらっしゃらないのですか?」


「はい。今日はお仕事で王城にはいません」


 やっっっっったああああああ! アイツがいない!


「そうですかあ! お忙しいですもんねえ! とにかく私達はここで頑張ります!」


「は、はい。明日にでも詳しい説明をするとおっしゃってました」


 うへえ…。


「まあ、お忙しいでしょうから、ゆっくりでもかまわないんですけどね」


「約束事には正確な方ですので」


「…そう…ですか…」


 そしてメイドは行ってしまった。俺達はとりあえず荷物を置いて、一回の作業場に集まった。俺が聞いたカインの説明が明日ある事だけを伝え、その施設についての話し合いをした。俺がシーファーレンに耳を寄せて言う。


「あまり本当の事を話さない方が良いかな?」


「盗み聞きするような魔道具は無さそうですわ」


「話をするならどこが?」


「オリジンの部屋に結界を張ってお話されればよろしいかと」


「わかった」


「それよりも、クラティナに作業をさせましょう」


「もう?」


「薬師が薬を作らねば怪しまれます」


「なるほど」


 そしてクラティナが自分の大きな背負子から、いろんな器具を取り出して並べ始めた。俺達もそれを手伝い、薬師としての一日目が始まったのだった。

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