第254話 思い人
よーく分かった。なぜこの国がボロボロになったのかを。
確実に男達が馬鹿なのだ。今回の邪神ネメシスの一件で、突然全ての重鎮がころりと気変わりをした。今までは異論を唱える事もあったし、かなり反対勢力に手こずる場面もあった。だが王都のお偉いさん達は、突然方向転換をする。それがちょろすぎると思う。
どうやらシーファーレンが諭した言葉に、このまま変な抵抗を続けるとネメシスだけじゃなく、女神フォルトゥーナからの加護もなくなる恐れがあるというのがあったらしい。
本当にそんな事があるのかどうか俺は全く分からんが、確かに俺が癇癪を起してこの国を見捨てれば、今ごろはネメシスの思い通りになっただろう。だが俺が可愛い女の子達を見捨てるわけがないのだ。男達は王都中の可愛い女の子に感謝しなければならない。
「いらっしゃい!」
そして聖女邸にマロエとアグマリナが来た! ダリアと一緒にゼリスも戻って来る。
「この度は受け入れていただきありがとうございます」
「堅い挨拶はなしで! 部屋に案内するね」
俺は二人の手を引いて、用意した部屋に連れて行く。二人の部屋は向かい合わせになっていて、ミリィとヴァイオレットがそれぞれの扉を開いた。
「どうぞ!」
すると二人が部屋を見て言う。
「こんなに素敵な部屋を?」
「もう貴族の娘じゃないのに」
「いやいや。身分はどうあれ、慣れ親しんだ感じの部屋の方がいいでしょ? それに今回は大きな進展があったからね、二人ももうすぐ日の目を浴びれる日が来ると思う」
「えっ!」
「どういうことですか?」
まあ、なんつうか。絶対権力を握ったつーか、この国を意のままに動かせるようになったというか…。
そんな感じ?
「いろいろあってね。命がけでやってきた結果がでたんだ! もう少しの辛抱だから我慢してね」
「は、はい」
「わかりました」
俺はルクスエリムに対し、この二人に爵位を与える事を画策しようと思っていた。だからうちの使用人に紛れ込ませはするが、貴族として扱うと決めている。それもこれも一気に俺に流れが来たが故に出来る事だった。
「部屋は自分なりに触っていいよ」
「「ありがとうございます」」
「ジェーバとルイプイはそのままお付きでね」
「「はい!」」
マロエ達だけじゃなくジェーバとルイプイも嬉しそうだ。もうすっかり仲良しになり友達として何でも言える仲なのだとか。
よいよい! 女子友はよい!
そこでゼリスが聞いて来る。
「あのー」
「ん? どした?」
「僕はもういいですか?」
そう言えばゼリスはダリアにつきっきりだった。
「えーと」
だがダリアがゼリスの腕に巻きついて言う。
「えっー一緒にいようよ」
するとそれを聞いたアグマリナが言う。
「こら! ダリア! もうそろそろ聞き分けなさい! あなたはそんな立場にないのよ!」
「え、でも…」
「すみません聖女様。私から言い聞かせますので」
アグマリナがダリアを引っ張って横に立たせた。だが見る見るうちにダリアの目に涙が溜まっていき、ぽろぽろとこぼれ落ちて来る。
「ゼリス。仕事中と自分の時間はきちんと確保してあげるから、一日何時間かは一緒にいてあげて」
俺が少女の涙に弱いのもあるが、お家取り壊しになったばかりの子供に厳しい事は言いたくない。
「分かりました…」
「聖女様。申し訳ないですわ」
「いいんだよアグマリナ。小さい心では受け止めきれないものもある」
「しかし」
「まずは様子を見よう」
「分かりました。ダリアもあまりわがままを言わないでね」
「分かってる」
そう言いながらもゼリスの手をしっかり握っていた。案外したたかなのかもしれない。
二人を迎え入れた俺は満足だった。だがこうしている間にも、邪神ネメシスが何処で暗躍しているか分からない。これからシーファーレンと共に、大量の結界石を作らないといけないし、やる事はまだまだ山積みだ。
しかしその他もろもろの、貴族女子研修会の事や孤児学校の事などは王宮が主導でやってくれるのだ。馬鹿な男どもが作った社会に大きな石を投げこむことが出来た。それならば国の為に全力を注いでやってもいいと思う。
そして俺はひとり部屋に戻った。
ぼふっ! と自分のベッドに身を投げ出して天井を見る。そして独り言を言った。
「ソフィア、やっとここまで来たよ。もうすぐ君を迎えに行けるはず。随分遠回りしちゃったけど、必ず王都に呼び戻してみせるからね」
するとソフィアが俺に微笑みかけてきたような気がした。ずっと恋焦がれてきたソフィアに、手が届きそうなところまで来たように思う。その為には国中の都市に邪神ネメシス用の結界を張り巡らし、安全圏を拡大する必要がある。
瞳を閉じてソフィアの顔を思い浮かべてみる。ソフィアはいつものように、ちょっと吊り上がった切れ長の瞳をしている。だがその表情が突然悲し気になり、今にも泣いてしまいそうだった。俺が手を差し伸べて、ソフィアの頭を抱き寄せようとするがするりと通り抜けた。
「ソフィア!」
俺が叫ぶもソフィアには手が届かない。泣いたソフィアは急に俺から離れて行き、俺は慌ててそれを追うように走った。だが俺は足元にあった何かに躓いて転んでしまう。
ドサ!
「いて!」
俺はベッドから落ちていた。いつの間にか夢を見ていたらしいが、涙を流すソフィアの顔だけは俺の瞼から離れなかった。そしてぐっしょりと汗をかいていた。
「嫌な夢だ」
立ち上がり、テーブルの上に乗った水差しからコップに水を注ぎ一口飲む。
だんだんと嫌な予感がしてくる。ネメシスは一体どこに行ったのだろう?
俺はすぐに部屋を飛び出して、アデルナを探した。
「アデルナ! アデルナ!」
「はい」
「王宮から何か連絡は?」
「いえ、今だ何も」
「そう…」
「いかがなさいました?」
「嫌な予感がしてね。ネメシスは私に恨みがあるんじゃないかと」
「それはそうだと思います」
「だよね…」
俺は、心に落ちてきた不安の影に突然押しつぶされそうになる。
「アデルナ。マルレーン公爵家が何処に雲隠れしたか調べたい」
「では。ギルドに走りましょう」
「そうしてくれる?」
「はい」
俺の指示でアデルナが出て行った。そして俺はすぐにヴァイオレットがいる執務室へ向かう。貴族の娘研修会の件を最優先で進めてもらうように、ルクスエリムに親書を出す為である。貴族の娘に召集をかけるとなれば、書簡くらいは出すかもしれない。それを辿れば、マルレーン家の隠れ家を突き止められるかもと、藁をもつかむ思いで執務室の扉を開くのだった。
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