第235話 王宮の情報を収集する為に ミリィの仕事

 私が元王宮のメイドだった事を、これほど嬉く思った事はない。聖女様の窮地に際して、情報を得るに最も適した場所にいるからだ。私は数日前、王宮のメイドでも特に親しかった者に文を出していた。今日はそのメイドと会う事になっている。


 街角のカフェでティーカップを片手に、ガラスの外を眺めていると懐かしい顔が見えてきた。その子がカフェに入ってくると、きょろきょろと周りを見渡している。もちろん私は、賢者様の魔道具で顔を変えているので分からないだろう。そして私は手を上げてその子を呼んだ。


 その子は緊張の面持ちで私に声をかけて来た。


「はじめまして」


「どうぞおかけください」


「はい」


「飲み物とお菓子をご馳走します。好きな物を頼んでください」


 パン! と手を叩くと、カフェの店員が注文を取りに来た。


「さあ、どうぞ。高いものでも何でもいいですよ。食べたい物をどうぞ」


「え、あの」


「遠慮なさらず」


 そして彼女は自分の好きなお菓子と、飲み物を頼んだ。甘いものが好きなのは変わっていないようで、私はこの店を選んだ事が間違っていないと確信した。


「では私も同じ物を」


 店員が厨房に戻ると、目の前の古い知り合いの方から聞いて来る。


「あなた様は、どちら様でしょうか?」


 目の前の知り合いを欺く事に、抵抗がないわけではないが聖女様の為。


「私は何者でもありません。まずはお菓子を食べてから」


「あの、そうゆっくりもしていられないのです。お使いのついでに、こちらに立ち寄ったのですから」


「まあまあ。あなたの用向きはこれでしょう?」


 私は目の前のテーブルに、王宮の料理で使う香辛料を並べる。


「え、ええ! これから買いに行く物です。なぜこれを?」


「細かい事はよろしいではありませんか。とにかく時間は短縮できますでしょう?」


「はい」


 すぐにお菓子とお茶がテーブルに並べられた。


「どうぞ」


「いただきます…」


 目の前には彼女の大好物の、新鮮葡萄のタルト生クリーム添えが置いてある。これは王宮メイド時代に聞いていた彼女の好きなお菓子一位だった。なかなか手を付けないので、こちらが先に手を付けると、痺れを切らしたように食べ始めた。


「どうです?」


「おいしいです」


「それは良かった」


 しばらく食べてお茶を飲んでいると、彼女の方から聞いて来た。


「あの、本当に会わせていただけるのですか?」


「もちろんです」


「でも、どうして?」


「殿方に心を寄せているのでしょう? ある人から聞いておりますよ」


「えっと、それを知っている子は一人しかいません」


「ええ。その人からのお願いなのです」


「うそ…ミリィ…覚えていてくれたんだ」


 覚えていますとも。あなたは夜通しその人の事について、私に話をしてくれた。その思いは本物だけど、敵わぬ思いだという事も分かっていて切なさだけが思い出される。


「ええそのようです」


「彼女は! 彼女は元気にしているのですか! いろいろと大変な思いをしていると聞いて心配なんです!」


「大丈夫です。彼女は安全な場所で暮らしています」


「よかった」


 嬉しかった。彼女は私の事を忘れてはいない。利用するようで申し訳ないが、その分彼女の想いも叶えてあげるつもりだった。


「それで、あなたの思いを伝える相手なのだけど、こちらで間違いないかしら」


 私がスッとテーブルに紙を置く。彼女がそれを見て顔を真っ赤にして言った。


「そうです。でも、本当に?」


「大丈夫。それで、手紙は書いて来た?」


「はい」


 きちんと封のされた手紙。綺麗な文字で宛名が書いてある。


「必ずお渡します」


「お願いします」


 そして今度は私の方から依頼をする。


「それで私の方ですがよろしいですか?」


「はい」


「あなたの友人に危険が迫っています」


「なんとなく知っています…」


「だから彼女を救うと思って、手伝ってほしいのです」


「何をすれば?」


「夜に、ある動物をあなたの部屋に差し向けます。窓を開けてそれを招き入れ、後は王宮の廊下に放してほしいのです」


「動物?」


「あなたには怖いかもしれませんが、危害を加えたりはしません。とにかくその動物を迎え入れ、ときおり餌を与えて欲しいのです」


「私がその動物を見たら分かりますか?」


「文をつけます。それでその動物だとわかるでしょう」


「わかりました。本当にそれだけでいいのですか?」


「はい」


 私は、しばらくぶりに再開した友人とお茶をし、テーブルの上の香辛料を渡して次に会うおおよその日を伝える。


「近くになったらまた文を出します」


「わかりました」


 そして私は王宮時代のメイド仲間と別れるのだった。居なくなったのを見届けて、先を行き噴水広場のベンチに座って周りを見渡す。私はかがみこんで自分の影に話しかける。


「どうかな?」


 すると影の中から声が返ってきた。


「もう少し動き回って」


「わかった」


 スッと立って、街の中を進んでいく。街中をぐるぐると回って路地に入ると、影の中の声が言った。


「大丈夫。変な臭いはしない、つけられてはいない」


 私が周辺を見て誰も見ていない事を確認し、賢者様のマスクを脱ぐ。すると元の自分に戻り、マスクをバッグに入れてから身代わりのペンダントをつけた。


 スッと路地から出て、大通りを歩き始める。


 大通りを歩いていたのは、賢者の影武者シルビエンテだった。表向きは賢者として知られているため、街の人から声がかかる事もある。


「これは賢者様。商店街に何か御用ですか?」


 道具屋が声をかけて来たので、私はシルビエンテに成りすます。


「ふむ。今日はいい天気じゃのう、良い触媒が無いかと思うてな探しておった」


「それは丁度良かった! 良い黒魔石がはいっているのですよ!」


「見て行こう」


 私はそのまま、道具屋に入り全く知識のない材料を見るふりをするのだった。

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